Scene.3-6
週が明けて月曜の昼休み、私はせっせとメール打ちに励んでいた。
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宛て先 : 川崎千紘
件名 : 水上です。
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本文 :
この間話したリンゴの事です
が、旬の時期とは関係なく、
冷蔵保存しておいてから、
一年中出荷してるそうですよ。
吉川さんの実家は収穫に
携わっているそうで、
親御さんから送られてくるん
だということです。
私も知りませんでした。
スッキリしましたか?(^^)
―――――END―――――
……こういう感じでいいんだろうか。
普段、如何に愛想よく振舞っていても、必要な時以外は吉川さんに話しかけることのない私が、
自ら林檎について、つまり彼女の実家についてあれこれと質問をしたのを、彼女はとても感激していた――そんな大げさな、とも思ったけど。
彼女が家に住むようになってからは、勉強の忙しさを理由に部屋へ閉じこもり、意識的に彼女と会話を交わさなかった所為もあるだろう。
正直、進んで彼女とコンタクトを取る気はなかったけど、川崎センセとの会話のきっかけになるのであれば仕方ない。
メールを送信したのと同時、携帯画面を照らす蛍光灯の明りが翳った。誰かが傍にやってきたのだ。
「……?」
微妙に綻んだ顔を正しながら見上げてみると、そこには神藤の姿があった。
「神藤」
「あの、水上さん」
彼は落ち着きのない瞳で私を見遣り、プリントを二つ折りしたものを私に差し出した。
「こ、これ、小宮先生から……」
「小宮先生……? ありがとう」
何だろう。そう思いつつも彼からそのプリントを受け取って、礼を言う。
彼はその時、誰にも聞こえない声音で「すぐ見てください」と添えた。
「わかった」
私はとりあえず頷き、彼が離れるのを待ってから中を覗いた。そこには、
『放課後、どうしてもお話したいことがあります。時間を作ってください。 神藤』
とある。
……なるほど。不用意に近づくと、他のクラスメイトの手前、私達の関係を怪しまれる可能性がある。
普段から私が口酸っぱく、『校内ではあまり係わりたくない』と言っているのを配慮した行動なんだろう。
しかし、こういう内容ならメールで寄こせばいいものを。どうしてわざわざ紙に書いたりして……。
「…………」
何か、それほど緊急性がある内容だということなんだろうか。
首を捻りつつ、私は携帯を開いた。
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宛て先 : 神藤駿一
件名 : 了解。
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本文 :
わかった。
『Camellia』のことでしょ?
いつものファミレスで待って
るから。
他の皆も呼んだ方がいい?
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手早く返信すると、程なくして神藤からメールが届く。
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送信者 : 神藤駿一
件名 : Re:了解。
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本文 :
ありがとうございます。
無理にとは言いませんが、
三宅君や鳴沢君も呼んで
頂いた方がいいかもしれま
せん。宜しくお願いします。
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…………。
私達全員が知っておいた方がいい話――そういうことなのか。
私は、つい先日鳴沢に言われたことを思い出した。
『これから本格的に受験勉強に入るだろう。そうしたら、どうするんだ? 平行してやっていく自信が、僕には無いよ』
まさか、鳴沢と同じく――神藤まで、『Camellia』を抜けたいなんて言い出すんだろうか。
神藤の存在はさりげなく重要だ。撮影や『隣で待機』でのことは殆ど彼に一任している。
今まで脅すまでもなく抵抗を見せなかった彼だけど、気弱ゆえに言い出せなかっただけなのかもしれない。
……まあいい。今更『辞めたい』なんて言い出すようなら、『弱み』をチラつかせるまでだ。
私は昼休みの残り時間を確認しつつ、新規メールを開いた。
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宛て先 : 神藤駿一
宛て先2 : 鳴沢啓斗
宛て先3 : 三宅聡史
件名 : 緊急招集
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本文 :
急ですが今日の放課後に、
神藤の召集で、『Camellia』
緊急会議を行います。l
場所はいつものファミレス。
各自用事が済み次第集まる
こと。出来るだけ宜しく。
どうしても来れない場合は
連絡ください。
―――――END―――――
これでよし、と。
『送信しました』の表示が出たことを確認してから、私は携帯の画面を閉じた。
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「――これで全員揃ったけど。神藤、皆集めて話したいことって何?」
一番最後にやってきた三宅が、ドリンクバーからコーラ片手に戻ってきたところを見計らって、私がそう切り出した。
神藤が自ら発信して皆を集めたいなんて、余程の事に違いない。
私だけじゃなく、鳴沢も三宅も同じ気持ちなのだろう。何時になく真剣な眼差しで――特に三宅が――神藤を見ている。
当の神藤は恐縮したように私達三人をキョロキョロと見遣って、
「あ、あの、まだ本当にそうだって決まったわけじゃないんですけど……」
と、断りを入れるところから始める。
「はァ?……いいからさ、何だっつーの?」
私も三宅の言葉に同意する。取りあえず本題を述べてほしい。
「あ、あの……僕、見ちゃったんですよ」
「だから、何をだって訊いてンだよ」
イライラしている三宅が口調を荒げ、それを「まぁまぁ」と鳴沢が制しつつ、
「神藤、何を見たんだ?」
と、先を促すことを忘れない。
「―――僕、昨日、斉木さんと瀬野が……その、ホテルの前で一緒に歩いてるところ、偶然見ちゃったんですよ」
「斉木さんと瀬野が?」
思わぬ情報を耳にして、私はオウム返しに訊ねた。
「はい………」
「なンだよ、つまンねーな。どうせ『シゴト』だろ? ワザワザ呼びだしてまで話すよーなコトか?」
三宅があからさまに不貞腐れた様子で悪態をついた。もしかしたら、放課後に予定があったのかもしれない。
「いや、それは問題だ」
ところが鳴沢は、神藤の話を聞いて顔色を変えた。
「どーゆーコトだよ?」
「……昨日は、誰も『シゴト』をしていない筈だ」
「なンだって?」
昨日、誰も『シゴト』をしていない―――つまり、それがどういうことを意味しているのかというと。
「つまり、斉木さんは瀬野とプライベートで会ってるってワケか」
カタカタとホットティーのソーサーを指で叩いていた私がその手を止めて言うと、三宅が手入れの行き届いた眉を顰めた。
「あ、あの、でも、もしかしたら見間違えた可能性もあるんですけど……」
「でも、神藤はそうだって思ったんでしょ?」
「……はい」
私が鋭く切り込むと、神藤はこくりと頷く。
「………」
「………」
「………」
神藤が頷いたのを確認すると、皆、困ったように黙り込んでしまった。
いや、実際のところ、皆、困っているのだ。
『Camellia』のルールでは、女の子と客が個人的に連絡を取ることは禁じられている。
何故なら、それを許した時点で私達の存在は意味を成さなくなってしまうからだ。
女の子と客を繋ぐことで利益を得ている私達だ。
私達というパイプを使わず、当人たち同士で金銭のやり取りをされるワケにはいかない。
だから、入会前にそれはタブーだと念を押していたのだけど―――彼らは、そのタブーを破ってしまった。
「―――難しい問題だな」
ポツリと鳴沢が呟く。
「今一番の稼ぎ頭は間違いなく斉木さんだ。その斉木さんに居なくなられるのは辛いところだ」
「そうだよね。私もそう思うよ」
私は鳴沢の意見に頷きながらも、でも、と続けた。
「――裏切りは裏切りだから、幾ら彼女が稼いでるからってお咎めなしっていうのは納得いかない。
他の子に伝染したりしないか心配だっていうのもあるけど」
「オンナノコ同士のネットワークは無いみたいだケドな」
「三宅、アンタ確認したの?」
分かったような口ぶりの三宅に訊ねてみると、彼は頷きながら、
「そーそー。いちお、『Camellia』存在バレの問題が出た時にチョロっとな。皆、表面的には自分が係わってることを隠したいからか、
誰が『Camellia』に入ってるか、とか詮索する子はいないンだよな。興味もなさそーだし」
「そう」
女の子同士の横の繋がりが無いというなら、彼女の影響で『Camellia』から女の子が離れ、個人個人で客を繋ぎとめておくようなこともないだろう。
だからといって、ルール違反はルール違反だ。
外で瀬野との逢瀬を重ねる度に、『Camellia』の損失は増えてしまう。
これはどうにかしないと……。
「困った事態ではあるけど、まだ証拠がないのがネックだな」
焦る私の横で、鳴沢は冷静にそう口にした。
「神藤が見たっていうのが証拠じゃない。ウソ吐いたってしょうがないし」
「別に神藤を疑ってるつもりじゃないよ。ただ――当の神藤だって、自信ない部分もあるんだろう?」
私が口を尖らせると、鳴沢は緩く首を振って神藤を見た。
神藤は、少し怯えたように視線を俯けて、ゆっくりと頷く。
「間違いないと……思うんですけど、絶対にそうかと訊かれたら、何とも……」
「ハッキリしないなー。結局どっちなンだよ、神藤」
「………」
三宅はストローから音を立ててコーラを啜り上げ、神藤を詰る。
これは鳴沢の言うとおり、どちらにしろ証拠が必要ということのようだ。
「―――わかった。こうしよう」
私は盛大に息を吐いて切り出した。
「近いうち、彼女に直接訊いてみようよ」
「直接ぅ? ……そンな単純な手に引っ掛かるヤツは居ないだろ。どうして自分が不利になるようなコトをわざわざ言うンだ?」
三宅が一蹴するのを、私は首を振って否定する。
「そうじゃなくて――勿論、本当に瀬野と個人的に会ってるんだとしたら、彼女はきっと黙ってると思うけど、
その上で抜き打ちの『隣で待機』をしたらいいんじゃないかと思うの」
「『隣で待機』……そういうことか」
鳴沢はそれだけで私の言いたいことを察したらしい。『いい案』だとばかりに頷いてくれる。
「つまり、会っていないと主張させておいて、『隣で待機』の中で彼らが自分たちの関係を口にする瞬間を待つってことだな。
それで、それをそのまま証拠として取っておく、と」
「そういうこと」
二人が私達の目を忍んで会ってるとしたら、『隣で待機』されてると知らない彼らは、
『Camellia』を通じずに会っている時のことを話すかもしれない。その瞬間を音声データとして押さえておけばいいってことだ。
「じゃあ三宅、アンタが一番斉木さんと仲良いんだから、アンタが訊いておいてね」
「ン、了解」
三宅は人差し指と親指でOの形を作り、それをヒラヒラと振って見せた。
話が一段落したところで、テーブルの上に乗った私の携帯がブルブルと振動した。
皆の視線がその音に反応して、私の携帯に集まる――私はフロントウィンドウに表示される名前を見て、即座に携帯をテーブルの下に隠した。
内容はメール。差出人は………川崎センセだった。
「どうしたんですか、水上さん」
慌てた私の反応に、神藤が不安げに訊ねた。
「う、ううん。何でも……」
私が川崎センセからパトロールのことを聞き出したということで、彼らは私がセンセを利用しているものと確信している。それはいい。
でも、センセと私が連絡先を交換し、メールし合っているということは知られてはいけない気がした。
というのも、彼らにあらぬ疑い――例えば、教師と生徒以上の関係だとか――を掛けられそうな気がして不安だったから。
今まさに、斉木さんが裏切り者の烙印を押されかけているところだったこともあり、
私が川崎センセに寝返ったと思われかねない……そういう恐れを感じていた。
「何、水上どーしたの? そンな慌てちゃってさー」
「べ、別に、何でもないって言ってるじゃん」
どうやらフロントウィンドウに浮かんだ名前は、間一髪、見られずに済んだようだ。
私は内心でホッと胸を撫で下ろしながら、ニヤついて私をいじる三宅にそう返した。
「もしかしてさぁ、カレシから、とか?」
「!」
「え、マジ? 水上のカレシってどーゆーヤツ? ウチのガッコの生徒なの?」
三宅のからかいにビクリと肩を震わせたことで、図星だと思われてしまったらしい。
彼は面白がって「誰?」と訊いてくる。
「別に、そんなんじゃないって」
「ウソつかなくたっていーじゃん。ね、ヒント! ヒントだけでも教えてくれよ!」
違うって言ってるのに、三宅はしつこく訊ねるのを止めない。
女子じゃあるまいし、どうしてコイツは他人の恋愛に首を突っ込もうとするのか。
そんなやり取りを横目に、鳴沢が静かに席を立った。
「鳴沢君、か、帰るんですか?」
「ああ。塾の時間があるから」
神藤に訊かれると、鳴沢は殆ど手を付けなかったアイスコーヒーの代金をテーブルに置き、
「それじゃ」
と、私達を残し、ファミレスを出て行ってしまった。
瞬間的な出来事だったので、私と神藤はきょとんとしていたのだけど……三宅だけは、
何かを察したように軽薄な笑みを浮かべていた。
「―――わ、私も今日は帰る。それじゃ、くれぐれも斉木さんのこと、お願いね」
鳴沢が席を外したのならば、私も居なくなって問題ない。
センセのメール内容を確かめたい衝動に駆られた私は、言うが早いか椅子から立ち上がる。
「ハイハイ。カレシとデート、ごゆっくり〜」
「……違うって言ってるでしょ」
スクールバッグから財布を取り出し、ホットティーの分をテーブルに残しながら、
三宅を睨みつけてやる。彼は「おー怖いねー」なんて笑いつつ、ひらひらと手を振った。
「水上さん、お疲れ様です。今日はありがとうございました」
「ん」
神藤がすまなそうに頭を下げるのを一瞥して、私も出口へと向かって行ったのだった。
その際後ろから、三宅のチャラチャラした声で
「神藤、お前にイイコト教えてやるよ〜」
なんて響いていたけど、私は意図的にヤツの声を意識から遮断して振りかえらなかった。
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