Scene.5-3
「んっ……」
「これ? これが気持ちイイの、亜美チャン?」
下半身への責めに移行した三宅は、片方の手で彼女の背を支えつつ、もう片方の手でまずはショーツの上からその中心をなぞるように触れる。
中指と人差し指を使って秘所に当たる部分を、執拗に。何度も、何度も。
斉木さんがくぐもった声を上げるのは自分の愛撫によるものだと思った三宅は、反応を窺う言葉を掛けつつも、「もっと啼かせてみたい」とばかりに激しく指を使い出す。
あーあ。そんな風にガツガツしちゃって。
「興奮するのはわかるけどさあ、三宅。もっと優しく触ってあげたら?」
「だって、亜美チャン悦ンでるじゃん」
視線だけこちらに向け、ヤツが口を尖らせる。
「あんまり強引にしすぎると、痛いと思うけどな。神藤もそう思うでしょ?」
「そうですね。出来たらリアルに感じてる場面を撮りたいんで、もう少し斉木さんのペースに合わせてもらえると助かります」
私の忠告をまるで信じていないようだったので神藤に振って同調させてみると、童貞男は急に焦った表情になる。
「マ、マジで……? そーなの、亜美チャン?」
「…………っ」
三宅が顔を覗き込む。と、注意深く観察していなければわからないくらい微かに、彼女が頷く。
面と向かって言うのって気まずいよなぁと思う。三宅のヤツ、リードする側なら察しろっての。
「だから言ったじゃん。こーゆーこと、女の子に言わせない方がいいんじゃない。恥ずかしいだろうし」
「うるせェな。……ごめンね、亜美チャン。こ、今度はダイジョーブだから」
それみたことかと言ってやると、三宅は私に忌々しそうに呟いてから、愛撫を再開する。
「もっと優しく」と言ってやったせいか指づかいは丁寧だった。レオパード柄の布地の上を、二本の指が猫の喉を撫でるように滑る。
「はぁっ……ふ、んっ……」
おそらく、これまでの声は嫌悪の色が強かったのだと思うけど、次第に他の感情も混ざり始める。
吐息交じりの掠れ声は、彼女が刺激に酔い始めているというサイン。
このじれったいくらいの責めは、斉木さんの身体を着々と昂ぶらせているのだろう。
「わ、スゲー……。マジで濡れてきたよ。ココ」
ココ、とは、勿論三宅が興奮しっ放しで撫で続けている、斉木さんの下着のクロッチ部分。
指の触れる中心から、楕円を描くように変色している。
「感じてるの、亜美チャン?」
「っ……」
自らの目や指先で確かめたのは初めてらしい三宅が、更に興奮した様子で訊ねる。斉木さんはというと、唇を噛んだあと俯いてしまう。
「だーから。防衛本能が働いてるだけって場合もあるんだって。前に言ったでしょ」
多分、彼女は感じているに違いない。けれど、私は敢えて薄笑いを浮かべながら水を注した。
コイツはちょっと発破をかけてやった方がいい気がする。
「なンだよ、水上。だからそーゆーモチベーション下がるよーなコト言うなって」
「私に無駄口叩いてる暇があったら、彼女がちゃんと気持ちよくなれるように努力したら」
「ちぇっ。ハイハイ、わかりましたよー……亜美チャン、直接触るね」
文句を垂れつつも、三宅は積極的に薄い布地の隙間から片手を差し入れた。思惑通りだ。
「あーいいですね。美男美女が絡んでるのって撮り甲斐あります」
神藤は、相変わらず彼らの周りをうろちょろして撮影に励んでいる。
斉木さんは当然として、三宅って美男なんだろうか。髪型や振舞いなんかでカバーしてる部分は大きいと思うんだけど。
でもま、モテるし。世間一般ではそういう認識なんだろうな。
今だって、重なる二人のシルエットはドラマの中みたいに美しい。どっちも超がつくほど細身だもんね。
……まあ、これほどアンバランスで背徳的なシーンがあるドラマなんてそうそうないだろうけど。
「――下地の布地が濡れると透けるような色ならなおよかったですけどね」
神藤の言葉がきっかけで思考を巡らせていると、彼が続けて呟く。
白とか薄いピンクとか。神藤が求めているのはそういうカラーなのだと思う。
確かにレオパード柄は模様が煩いので、透け感はゼロだ。肌が透ければもっと煽情的だとでも言いたかったんだろう。まあ一理ある。
「うわ、直接だと濡れてンのがもっとわかるのな――」
「んっ、く、ふぅっ……」
「なンていうかぐにゅぐにゅしてて、不思議なカンジ。ずっと触ってると、手、ふやけそー」
カラオケやお喋りなど、普段のデートでは踏み込めない未知の領域に感動しきりの三宅。
心の声がダダ洩れだっつーの。思ったことを何でも口にするんじゃない。
「ねえ、亜美チャン。ココ、気持ちイイんでしょ――えっと、この辺」
「っ!」
声にならない悲鳴を上げ、三宅に支えられた斉木さんの身体がびくん、と跳ねる。
「やっぱりね。オンナノコってココが一番気持ちイイって、ホントだったンだ」
それに気をよくしたらしい彼はニッと満足そうに笑った。
下着の中で指を往復する素振りを見せると、その都度、啜り泣くような声を上げて斉木さんの背中が震える。
「硬くなってるよ。オトコと一緒で、勃ったりすンのな」
三宅の下世話な発言を聞いていれば、どこに触れているのかなんてわざわざ確かめなくても見当はついた。
「ふぁ、んっ――や、ぁっ、やだっ……」
それまで徹底して無言を貫いていた斉木さんが、拒否めいた言葉を口にする。
「ヤダ?」
「やぁ、それっ……すごっ……!」
「え、何。そンなにイイの?」
そんなに大きくリアクションするほどだなんて、と三宅が驚く。そうなると俄然張り切るのが彼だ。
「――イイなら、もっと弄ってあげンね」
「ふぁ、あっ……!」
その部分だけに狙いを定めると、斉木さんの喘ぎは更に大きくなる。
「スゲーな、びちょびちょだ。この小さい突起が、そンなにイイなンておもしれー」
見れば、快楽の度合いを示す下着の染みがさきほどよりも断然広がっている。
その気がなくても、敏感すぎる場所をピンポイントで責められると弱いんだろうな。
彼女の場合は、『Camellia』の仕事で行為に慣れているだろうから、余計に。三宅の稚拙な技巧でも追い詰められてしまう。
「やぁ――それ以上はっ……!」
「イイよ、イけるならイッてもいいンだよ、亜美チャン?」
三宅の胸を押して、襲いかかる絶頂から逃れようとする斉木さん。
だけど、本能につき動かされたヤツがそれを許すはずがない。童貞のくせして、一丁前に高みへと促したりする。
「……っあ、ああああっ……!!」
程なくして。斉木さんが一際高い声を上げて絶頂を迎える。様子を見ていれば手にとるようにわかった。
神藤のカメラも、このときを逃すまいと普段よりもフラッシュの間隔が短くなる。
美人は何でも絵になると思った。喉を見せる彼女は、やっぱり美しく綺麗。たとえ、中身がそうでなくとも。
声を絞り出したあと思わずへたり込みそうになる彼女を、三宅が背に添えた手と、ショーツから引き抜いた手ですかさず支え直した。
「気持ち良かったですか、斉木さん?」
「…………」
三宅の腕の中にいる彼女は応えない。もうちょっと苛めてやろう。
「さっきまであれほど嫌がっていたのに、達してしまったんでしょ」
「…………」
「ま、童貞クオリティでしたけど、愉しめたみたいでよかったです」
「……ち、違っ……」
斉木さんはこちらを向くことなく、か細い声で否定した。こんな状況で達してしまったなんて、彼女のプライドが許さないのだろう。
「違うってことはないですよね。みんな見てましたよ?」
「……っ」
「ま、苛めるのはこの辺にしておいてあげます――メインディッシュはこれからなんだから」
そう。私が本当に見たいのは、もっといやらしくておぞましいショーだ。
私は続けて言った。
「本番はこれからですよ、斉木さん。……さあ、三宅の童貞を貰ってやってくれませんか」
私の一言で、少し気だるい雰囲気を纏っていた室内に、再び緊張が走った。
「水上、や、やっぱ最後までするのか……?」
「今更怖気づかないでよ。今のはそのための準備運動でしょ」
「そ……そーだけどっ」
自分の胸に凭れる斉木さんと私とを見比べて、三宅が困惑した顔をする。
もしかしたら、斉木さんはその大きな瞳に涙でも浮かべているのかもしれない。だとしたら、数十分前の演技がかった安っぽいものじゃなく本気の涙。
だけど知ったことか。何が何でも、三宅とセックスしてもらうんだから。
――私の目の前で、斉木さんの身体をめちゃめちゃに蹂躙してもらうんだから。
「くどい。いいから始めて」
三宅の抗議をスパっと切ると、私は顎先で合図をした。行為の始まりの、合図。
「……イヤかもしンないけど、あと少しガマンしてね」
「…………」
無言を黙認と捉えた三宅が、制服のズボンのベルトを外す。
ジッパーを下げると、目が覚めるようなビビッドなブルーとイエローのボクサーパンツが覗き、反射的に目を逸らした。
『AQUA』で手伝いをしている以上、AVで男性の裸体には嫌悪感を抱きつつも慣れているはずだった。
けれど、当たり前ながら、処女の私は同年代男子のそういう姿に免疫がない。完全無修整なら尚更。
自分で言い出したのだし、目を背けてはいけないと思うけど直視できない。
「水上さん?」
気を散らしている私に目ざとく気づいた神藤が、中央の二人にカメラを向けたまま訝しげに訊ねた。
「……別に、何でもない」
嫌だ、変に気にされると困る。私は、何でもない振りを装って再度中央の二人に視線を向けた。
三宅は、その派手な配色のボクサーパンツをずり下げ、そこから彼自身を取り出した。
――だめだ。そこに焦点は当てられない。興奮に滾っているだろうその部分を極力見ないようにしながら、それでも顔は二人へと向ける努力はする。
「机の上に乗って、亜美チャン」
学習机に身を乗り上げるように指示する三宅。斉木さんは、全てを諦めたように素直に従い、そこに座った。
「コレ、脱ごうね」
濡れたショーツを膝まで下げると、透明な液体が糸を引いた。
「脚、開いてくれる」
三宅が更に要求すると、私たちの前であるにもかかわらず閉じた脚を左右に開いた。彼女の秘部が露わになる。
抵抗するエネルギーも残ってないんだ、きっと。
恥毛に覆われたその部分は、使い込んでいるとは思えないくらい綺麗なピンク色だった。
……生々しい。女性の身体でも、直視はちょっと厳しい。
そう思って、ずっと大人しくしている鳴沢に気を配るフリをして、彼を向く。
「……っ」
視線がかち合う。
鳴沢は二人ではなく私を見ていたのだ。何かを探るように、観察しているという表現が一番近い。
「どうしたんだ、水上?」
表情一つ変えずに鳴沢が訊ねる。それはこっちの台詞だ。
「な、鳴沢。……あんた、本当に交ざらなくていいの?」
動揺を上手くカモフラージュできただろうか。二人の方を指差しながら、笑みを作って訊ね返してみる。
「さっきも断ったろう。僕はいいよ」
「……ふーん」
斉木さんに触れたい衝動を理性で堪えているとか、そういう感じは全くなかった。
本当に興味がない――とばかりの答え方。
私は再び教室の中央に向き直った。机に乗って脚を広げる斉木さんと、彼女の肩に手を添える三宅。
これから結ばれようとしている二人の姿が視界に入る。
「三宅、もう斉木さんの身体は解れてるだろうから、そのままシちゃって大丈夫だと思うよ」
早いところ斉木さんを穢して欲しい。そんな思いで、三宅に呼びかける。
「さっさと卒業しちゃいな。そしたらあんたのコンプレックスなんて一気に解消できるんだから」
唇から発したのは、自分が思っているよりもイライラした声音だった。
時間はまだたっぷりある。なのに、私はどうしてか焦っていた。
身体を重ねる二人の様子をこの目で確認して、神藤に証拠を残させて――そうしたらモヤモヤした嫉妬心から救われる。
根拠はないけど、漠然とそう思った。
「亜美チャン――」
三宅がいよいよ斉木さんの脚を抱えたとき。突然、ブレザーのポケットの中の携帯が震えだした。
微かだけど耳を攫う音に、三宅も斉木さんも……神藤や鳴沢も、一斉にこちらを向いた。
その視線から逃れるように背を向け、携帯を確認する。通話着信。相手は――。
「川崎センセ……?」
驚きのあまり、息声が洩れた。川崎センセがどうして……しかもこのタイミングで?
私は慌てて教室のすみに移動しながら、混乱しつつも反射的に通話ボタンを押した。
「もしもし」
「おー、水上か。……まだ校内に残ってるか?」
こちらの状況なんて知る由もない、のんびりしたセンセの声が耳元に響いた。
「は、はい」
「そうか、丁度よかった。……そしたらさ、屋上来れないか、屋上」
「え?」
屋上へ? 私が?
三宅たちを向くと、彼らは私の通話が終わるのを待っている様子だった。しかも、ちょっと不安げな顔をしている。
今は『退会の儀式』の最中だ。最後まで見届けたいし、見届けなければと思う。
でも、わざわざセンセが私を呼び出してまで伝えたいことっていうのは何なのだろう?
さっきの、斉木さんの言葉が頭を過った。
『川崎センセに知られちゃったら、色んな意味で危険じゃないですか? あのセンセ、正義感が強いから、こんなの絶対見過ごせないでしょうし』
まさか斉木さん、もう川崎センセに手を回して――……!?
「でもまあ、忙しかったら無理にとは言わないんだけど……」
センセの声が、少し真面目なトーンに変わったように思えた。
背筋がゾッとした。もしそうだったら、と想像するだけで、思考が固まりそうになる。
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