Scene.1-3



 『Club Camellia』
 
 それは、私と鳴沢、三宅、そして神藤が幹部である、平たく言ってしまえば売春仲介サークルみたいなものだ。

 援助交際をやりたいという成陵の女子生徒を募り、キープ。

 ここらじゃ超がつくほど有名な進学校である成陵の女子生徒となれば、興味が持つ男性も数多い。

 その中でも収入や職業などの条件から選りすぐりの男性に、彼女達との時間を買ってもらう。

 まぁ、会員制の高級デリヘルという言い方をしても間違いではない。そういう組織だ。

 女子生徒の勧誘やキープは三宅が。

 女子生徒と、相手の男性のスケジュール調整は鳴沢が。

 女子生徒の画像やデータ管理は神藤が、というように、きちんと分担が成されている。

 私の『シゴト』は全体統括とWEB管理、そして男性会員の勧誘。

 その男性会員の勧誘に欠かせないのが、『株式会社 AQUA』のデータベースだったりするのだ。

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 『AQUA』の事務所は、社長である父親の外出中だけは静かな時間が流れる。

 私は、奥のパーティションで区切られた、デスク一つ分ほどのスペースの中で、デスクトップのパソコンのキーを叩いていた。

 その音さえ鮮明に聞こえるほど、周囲はしんと静まり返っている。

 どうやら父親は得意先に出かけていったらしい。今は、吉川さんが自分のデスクで事務処理をしているだけだ。

 彼女も独りで居るときは、後ろめたさを感じているのかあまり私に話しかけてこない。

 その方が、こちらとしても気楽で有難いんだけど。

 ……で、私がこの会社のパソコンで何をしているのかというと――先ほど父親にも言ったとおり、通販関係のプログラムの修正だ。

 昔からプログラミングに興味があり、独学で勉強していた私は、その知識を見込まれ少しだけ会社の手伝いをしている。

 『AQUA』は、主に通信販売で利益を得ている。つまり、インターネットを使って品物を販売している。

 今時特に珍しい話でもないけれど、店舗を持たずして品物が売れればそれに越したことはない、ということ。

 特にこういう性的な商品は、顔を見られずに購入したいという客が圧倒的に多いはずだ。

 そういう、「恥ずかしいけどモノは欲しい」という客のため、AQUA用通販プログラムを作っているのが私。

 難しそうに思われがちだけど、もともとコンピュータに興味があり、楽しんで作っているので苦労だと感じたことはない。

 趣味の延長みたいなものだった。

 繁忙期には、商品の梱包、伝票処理、発送作業など通販の処理を手伝ったりもしている。

 最初は、ある程度の自由を手に入れるため――たとえばパソコン関係の新しいソフトウェアや本を買ってもらうとか――、

 イイコでいたほうが便利だという、打算的なサービス精神で手伝っていたのだけれど、

 まさかそのかったるい通販処理のおかげで、あんな素敵な出会いがあるとは思ってもみなかった………と、これはまた違う話。

 私は、たった今タイプしていたプログラムの文字列を一部修正してアップデートする。

 これで、通販ページの商品画像上限が、一つの品物につき二個から三個に変更された。

 そんな細かい改善をしてあげちゃうなんて、超お客さん思い。

 なんて自画自賛が頭の中にしらけた口調で通過していくと、早速、本来の作業に取り掛かることにした。

 そう、私が今日この事務所でやりたかったことは、通販プログラムの修正じゃない。これはただのフェイク。

 本当は『AQUA』に登録している顧客のデータを参照したかったのだ。

 ウチで言う顧客のデータとは、通販で取引する際に使用するIDやパス、名前、住所、性別、年齢、メアド、電話番号等の総称。

 父親の前ではイイコで通っているものの、やはり会社に保存してある個人情報を見たいと言い出すのは怪しまれる。

 だから、私は会社を手伝う振りをしながら、こうやって普段お目にかかれないプライベートな情報を拝見しているってワケ。

 我ながらずる賢いというか、何と言うか――。

 自分自身に呆れつつも、閲覧するためのマウスの動きは止めない。

 顧客データにアクセスすると、その一覧の最下部まで一気に移動する。

 顧客登録された日付が新しければ新しいほど、下へと追加されていく仕組みになっている。

 ここ最近登録された男性は……、十六人、か。

 このデータを使って新しく『Camellia』の会員になりそうな男性を探す。

 職業や年齢、居住地などのデータ、更には既存のアンケート結果――これは通販利用時に任意で答えてもらうもの――から、

 収入やポジションを推測して、それが一定の条件を満たせば勧誘の対象になる。

 見事その条件をクリアした男性には、『Camellia』からこんなメールが送られてくる。



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 ○○○○ 様
 
 
 まずは突然メール、お許し下さい。

 私は『Club Camellia』を運営しております、Meg(メグ)と申します。

 親愛なる貴方様に高水準のサービスをご紹介したくご連絡致しました。

 単刀直入に申し上げます。

 才色兼備な若い女性に興味はございませんか?

 我が『Camellia』には、超有名進学校在学中の女子生徒が多数在籍しております。

 女子生徒は、我々選りすぐりの容姿端麗な美少女ばかり。

 完全会員制、秘密厳守を徹底しておりますので、安心してご利用いただけます。


 我々は他サークルとは違い、大量送信による会員様の募集は行っておりません。

 VIPなお客様にはそれ相応の女性を――そう願って立ち上げた『Camellia』です。

 数ある条件をクリアし、選ばれた貴方様だからこそ、ご連絡した次第です。

 どんな男性でも参加できるサークルではないということをご留意頂ければと思います。


 もしこのメールに興味を持って頂けたのであれば、

 camellia_meg@△△△△△△.com

 までご返信下さい。追って詳しいシステムをご連絡いたします。

 それでは、本日は失礼致します。

 これが素敵な出会いになることを祈りつつ―――。


 『Club Camellia』 代表:meg
 camellia_meg@△△△△△△.com
 090-▲▲▲▲-●●●●

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 とまぁ、胡散臭い迷惑メールなノリにも見えるんだけど、

 こんな怪しげなメールでも不思議と、十通に一通くらいは返信がきたりする。

 やはり人間、特別扱いされると気分がいいのか、それとも単に進学校の女子生徒というブランドに興味があるのか。

 そういう有難い客に入会金や利用料などの説明をし、合意してくれる場合は指定した口座にまず入会金を振り込んでもらい、契約完了。

 私が管理している、会員専用ページ――勿論セキリュティを強化させて、外部からは侵入できないようになっている――のURLを送信。

 晴れて『Camellia』の男性会員となれる。

 会員専用ページは、在籍している女子生徒のプロフィールや写真、スケジュールなどが閲覧でき、

 男性会員は私達と顔を合わせることなく、気に入った女の子達との時間を予約することができるって仕組み。

 予約が入ったら、私の携帯と鳴沢の携帯にその旨を知らせるメールが転送されるようになっていて、

 鳴沢が相手の女の子へ予定の最終確認をし、OKが出れば確定のメールを男性へ送信。

 期日の午前中までに利用料を振り込んでもらう。ここまでが下準備。

 当日は、こちらが指定したホテルにて予約の時間に落ち合ってもらい、コトが済んだら女の子に先に出てきてもらう。

 基本的に当人同士の連絡は禁止させているので、トラブルは殆ど起きない。

 仮に起きたとしても――例えば理由のないドタキャンや、ホテル代を払わない等、そういう男性会員はスパっと退会させてしまうので問題ない。

 男性会員の方も、ある程度の社会的ポジションにいる人間なので、退会させられたといってガタガタ騒いだりはしない。

 そうすることで自分の築いてきた立場が危うくなるかもしれないからだ。

「………」

 ざっと新しくID登録された十六人のデータを見て、『Camellia』へ誘えそうなのは二人。

 少ないかとも思ったけど大体こんなものだろう。この二人のどちらかでも返信がきたらいいのだけど……。

 その二人の個人情報を、制服の内ポケットに忍ばせていたUSBメモリの中に放り込むと、私はパソコンをシャットダウンした。

 『Camellia』の会員サイトやメールの管理は、当然『AQUA』の事務所やドメインで行えるはずはなく、自分のパソコンで行わなければならない。

「吉川さん、通販ページの修正終わりました」

「あ、ありがとうございます〜」

 のんびりとした吉川さんの声がパーティション越しに聞こえてくる。

「じゃあ、私そろそろマンションに帰りますね」

 言いながら、パソコンデスクの下の荷物を拾い上げ、帰宅するために吉川さんのデスクへ挨拶に行く。

「はい〜、お疲れ様です、智栄さん〜」

「失礼します」

「智栄さん、そうだ。これ、よかったら」

 笑顔を絶やさないようにして頭を下げ、くるりとターンしかけたところで、吉川さんが呼び止める。

 差し出されたのは、少し大きめな香水ビンのような容器。

 ハート型のモチーフで、薄いピンク色の液体が満たされているそれを受け取ってみると、プラスチックのつるつるした手触り。

「……これは?」

「今度ウチから新しく出るローションなんですよ〜。女性を意識して、無添加なのに甘くていい香りがする商品なんです。よかったら使ってみて下さい〜」

 感想も頂けると嬉しいです、なんて付け足しながら、いつもののんびりとした口調で薦めた。

 ローションて……当然ながらあの、所謂アダルトな方のローション、だよな。

「あー……」

 咄嗟の事に言葉が返せずにいると、

「智栄さんも年頃なんですから、一緒に使う相手とかいらっしゃるでしょう〜?」

「いえ……」

 悪気がないのは解っている。彼女はこういう、緩い性格の人なんだと。

 内心、ほっといてくれと思いつつ、私は顔面に笑顔を貼りなおしながら、

「ありがとうございます、機会があったら使ってみますね」

 受け取ったローションをスクールバッグに詰めて、私は事務所を出た。

 マンションに向かうわずかな距離、私はいつも考えないように心の奥に仕舞い込んでいるモヤモヤとした感情を持て余していた。。

 このプレゼントは心遣いのつもりなんだろうか?

 だとしたら馬鹿にも程がある。


 私は、あんな環境で生活している所為か、性的なことに全く興味を感じなくなっていた。


 『智栄さんも年頃なんですから、一緒に使う相手とかいらっしゃるでしょう〜?』

 すみませんね。いなくて。他の男と触れ合うなんて想像しただけでも気持ち悪い――考えたくない。

 男と接するとドキドキするって、どんな感覚?? それって、心地いいことなの?

 たまに、クラスで同級生がそういう話題をしていても、羨ましいと思うどころか嫌悪感が先に立つ。

 男は皆、下心を持って生きている。それは通販の仕事をしていればよくわかる。

 どんなに社会的地位があって、活躍している人でも、頭の中はあんなヤラシイことばっかりなんだ。

 そんな風に思っちゃうものだから――性経験はおろか、彼氏だって出来た試しはない。

 もともと容姿が地味で目立たないタイプの私に相手から寄ってくるようなこともないから、きっかけもないのだけど、

 肝心の私自身にその意思が全くないのだからどうにもできない。

 マンションのエントランスをくぐり、エレベータに乗りながら私は自嘲的な笑みを零した。

 売春サークルを運営しているにも係わらず、私自身は処女だなんて。劣等感とは違うけれど、何やってるんだかという呆れがあるのは否めない。

 ……でも、それでいい。欲望とか衝動とかとは関係ないところで生きていきたい。

 興味が湧かない分、そういうモノを利用する立場になればいい。

 自宅のある六階へ降りると、私は早歩きで突き当たりの扉に向かい、鍵を開けて直ぐ自分の部屋に向かった。

 八畳のプライベートスペース。一緒に住んでいる父親が入ってくることすら滅多にない私だけの空間。

 肩に掛けていたスクールバッグを下ろし、たった今受け取ったばかりのローションを取り出すと、少しも迷わずゴミ箱へ捨てた。

 そして、バッグから教科書類を取り出して、デスクの上へ広げていく。

「あ……」

 その際、テキストが一冊、バサっと音を立ててフローリングの上に落ちた。

 拾い上げながらテキストの表紙、『古文』の文字を目で追う。

 ―――こんな私でも、嫌悪を感じない男性が、一人だけ居る。

 『流石クラス委員といったところだな。川崎先生もかなり誉めてたぞ』

 
今朝の担任の言葉を思い出しながら、私は少し嬉しくなった。

 『川崎先生もかなり誉めてたぞ』

 成績に関しては誉められ慣れてしまっている私だけど……それも、相手による。

 そっか、誉めてくれたんだ。なら、中間テストも頑張らないと。

 
「水上、すごいな!」

 そう言ってくれる彼の姿を想像しながら、私はデスクの傍らにセットしてあるパソコンの電源を点けた。