Scene.1-4



 
四時限目終了のチャイムが鳴り、昼休みの3−Aは騒がしくなっていた。

「おい三宅、コンビニ行こうぜ」

「あーオレ、これからカフェテリアでデート」

 友人らしき男子生徒に、「ゴメンねー」なんて拝む仕草をしながら、三宅がそそくさとテキストを纏めて、バッグの中に放り込む。

「三宅〜、今日も女子とランチ? 女友達どんだけ居るのよ」

「今日はあたしとご飯食べてくれるってハナシだったじゃんー」

 スカートが超ミニ丈で、バッチリメイクのモテ系女子グループが口を尖らせたりしている様子も何のその。

「オレも悲しいわー、今日はちょっと急用なのよ。また今度!」

 なんて、ダークカラーが流行中にも係わらず、ご自慢の金に近い茶髪を揺らしながら教室を出て行った。

 おそらく言葉通り、校内カフェテリアに向かったんだろう。

 三宅は超イケメンというワケではないと思うんだけど――そもそも私は自分の審美眼に自信が無いんだけど――、

 ホストを連想させるバッチリセットした髪形や、スラリとした体型、コミュニケーション能力の高さのおかげで周りにはいつも人が絶えない。

 いわゆる人気者だ。それも、クラス内外問わず。

 成績こそあまり揮わないようだけどそれは成陵の中で比べるからであって、全国模試の結果は悪くないみたいだから、普段もあれだけ遊んでられるんだろう。

 和気藹々とした様子を少し離れた場所から眺めつつ、三宅が出て行った後ろ側の扉とは反対、前方の扉へと視線を向ける。

 一番右端の列の先頭の席。空気と化した――寧ろ溶け込みすぎて、かえって浮いているのではないかという男。

 神藤はそういう意味において三宅と正反対だ。

 容姿は至って普通。おそらく百六十五センチほどだろう、という小柄な所以外は。

 顔立ちは、育ちがよさそうで奥ゆかしい。

 会話をするときちょっと目が泳ぐのが不思議な彼は自己主張も少なく、口数も少ない。だから何を考えているのかわからない。

 親しく会話をする友人もいるのかどうか。私はそういう場面を見たことがないから。

 クラスメイトの名前を覚えている順に言っていくようなゲームをやったとしたら、間違いなく一番出て来づらいタイプだ。

 彼は独りで、家から持ってきたであろうお弁当を口にしようとしているところだった。

「水上」

 神藤を観察していたところで、すぐ隣の席から声が掛かる。

「学級日誌、今日は水上の番だろう」

「ああ、ありがとう」

 私は礼を言って、差し出された青いカバーの冊子を受け取った。

 学級日誌はクラス委員が交代で書くことになっている。即ち、私と、この眼鏡の男――鳴沢が。

 鳴沢のスタンスが、『Camellia』の3人の中では私に一番近いような気がする。

 表ではとにかくイイコにしておいて、自分ひとりの時に素の部分を出す。そういう心の壁を鳴沢に感じる。

 きっと同類だから伝わるんだ、と思う。

 私もなるべく自分の深い部分には触れて欲しくない。だからイイコでいるのだ。

 それが最強のディフェンスだということに、鳴沢も気づいているんだ、と。

 敢えて私と彼の相違点を挙げるとしたら……野心か。

 鳴沢は医学部志望と聞いている。なんでも、父親が大学病院で医師をやっているようだ。

 最近、塾も日数を増やして頑張っているようだし、やはり目標がある人間は違う、と感心してしまう。

 一方、私はまだこれといって目標がない。

 国立の名の通った大学に行って、一流企業に就職できればそれでいい。そして一日も早くあんな腐った生活から抜け出したい。

 ……これも目標といえば目標かもしれないけど、鳴沢のとは規模が違う。

「今日は小宮センセが早く帰るみたいだから、書いたら職員室に置いておいてくれって」

「わかった」

 会話が終わると、鳴沢はスクールバッグを持って教室を出て行った。

 多分、図書室に行くんだろう。大体いつもそうだ。

 私は鳴沢をを見送りながら、受け取った冊子を開いた。

 右上がりで少し神経質そうな細い文字が埋め尽くされたページの隣に今日の日付を記入しようとした時。

「…………」

 スカートのポケットが振動する。携帯にメールが着たのだ。


 ――――――――――――
 送信者 : 三宅聡史
 件名 : 今
 ――――――――――――
 本文 :
  頑張ってD組の亜美チャン
  を説得中(゜∀゜)ノ
 
―――――END―――――


 携帯を開いて、内容を確認する。

 なるほど、そういうことか。さっき慌てて教室から出て行った三宅の姿を思い浮かべながら納得した。

 『亜美チャン』とは三宅が以前教えてくれた、成陵でもかなりレベルの高い美少女のこと。

 確か名前は――斉木亜美(さいき あみ)。

 ギャル系ではなく、黒髪ロングストレートで透けるような白い肌、清楚で典型的な日本美人な顔立ちが、年配層の客にウケるのではないかという三宅の意見。

 この間『Camellia』を辞めていった村井彩夏の友達みたいだし、「援交なんて!」という頭がカタいタイプではなさそうだ。

 説得次第では稼ぎ頭になってくれそう。『がんばれ』、と短く返信しようとしている間に、もう一通メールが来た。

 今度は鳴沢だ。

 ――――――――――――
 送信者 : 鳴沢啓斗
 件名 : 今日の仕事の件
 ――――――――――――
 本文 :
  今日初めて仕事する相原
  舞って子が、やっぱり不安
  だからキャンセルできない
  かって言ってるんだけど、
  どうやって説得したらいい
  ?
  相手の男も気難しいタイプ
  だから、できれば無難に
  こなして欲しいんだけど。
 ―――――END―――――



 私は小さく舌打ちした。

 成陵には当然、真面目な子が多いから、本質的にそういうのに抵抗が有る子もいる。

 それでも魅力的な子を勧誘するときは、三宅に巧く言ってもらって、なし崩し的に納得してもらっているんだけど……。

 時間が経って、自分がどういうことをしようとしているのかを冷静に考えると――ビビってしまうというか、躊躇してしまう子がいて。

 今はまさにこのパターン。両手を使って手早く返信をする。


 ――――――――――――
 宛て先 : 鳴沢啓斗
 件名 : Re:今日の仕事の件
 ――――――――――――
 本文 :
  どういう部分が不安なのか
  優しく訊いてあげて。
  それによる。
 ―――――END―――――

 
 十分ほど経って、再び鳴沢から返信が来る。


 ――――――――――――
 送信者 : 鳴沢啓斗
 件名 : Re2:今日の仕事の件
 ――――――――――――
 本文 :
  知らない人だから、何をさ
  れるかわからないのが怖
  いのと、きちんと働いた分
  だけ報酬が貰えるかどうか
  が急に不安になったんだ
  と。
  隣で待機適用かな?
 ―――――END―――――




 ―――『何されるかわかんない』?

 この場合、おそらく怪我させられたり殺されたりしないかって、そういう意味合いかもしれないけど、

 援助交際やろうとしてる時点で身の危険があるなんて当たり前じゃん、ちょっと面白い。

 ……とか言って、笑ってる場合じゃない。

 女の子側からのキャンセルは、『Camellia』の信用問題にも係わる。

 相手の男が面倒なタイプであればなおさら、どうにか言いくるめて貰わないと……。



 ――――――――――――
 宛て先 : 鳴沢啓斗
 件名 : Re3:今日の仕事の件
 ――――――――――――
 本文 :
  隣で待機適用で。

  今日塾は?無ければ空け
  ておいて。
 ―――――END―――――


 『隣で待機』とは、不安がる女の子のため、『Camellia』での仕事初回に限り行っている安全措置。

 女の子が客と入る部屋の隣に予め予約を取っておいて、その部屋で私達が待機し様子を伺うってこと。

 それだけじゃ不十分だから、盗聴という手段を使って――その辺の技術は神藤が詳しい――、監視させてもらってる。

 これで仮に何かあっても、最悪の事態は免れるというワケ。

 あまり誉められた方法じゃないけど、女の子に安心してもらうためにはこれしかない。


  ――――――――――――
  宛て先 : 鳴沢啓斗
  件名 : Re4:今日の仕事の件
  ――――――――――――
  本文 :
  了解、じゃあ隣の部屋の
  予約とっとく。
  今日は塾ないよ。僕も行く。
  ―――――END―――――


 はい、了解。

 今日の放課後は皆で仲良くホテルか、なんて思いつつ、一斉送信メールを作成。


 ――――――――――――
 宛て先 : 神藤駿一
 宛て先2 : 三宅聡史
 件名 : 今日の仕事は
 ――――――――――――
 本文 :
  隣で待機適用になりました。
  神藤は来て貰わなきゃ困る
  けど、三宅も来れるようなら
  放課後空けて置いてくださ
  い。鳴沢は来ます。
 ―――――END―――――



 これくらいの連絡、同じクラスなんだからメールじゃなくたって、と思われるかもしれないけど、

 逆にこういう話だからこそ面と向かっては出来ない。

 学校が援助交際に気づいてしまっている以上、どんな些細な内容でも『Camellia』に繋がってしまう可能性は捨てないほうがいい。

 程なくして、神藤からも三宅からも、了解の旨のメールが来た。


 ――――――――――――
 送信者 : 三宅聡史
 件名 : 了解、行くよー
 ――――――――――――
 本文 :
  亜美チャンげっと(^∀^*)
 ―――――END―――――



 ――三宅の方からはこんないいニュースも一緒に添えて。

「水上さん、日誌終わった? よかったら私たちとお昼しない?」

「うん、ありがとう」

 三宅に『よくやった』と返信したところで、クラスメイトの女子から声がかかる。

 女子って生き物は特にグループを作りたがるけど、私は特にどこのグループにも入っていない。

 でも私は神藤と違い、友達が居ないワケじゃない。寧ろ、皆と仲良くしておきたいタイプなのだ。

 だからその都度、声を掛けてくれる子の所へお邪魔することにしている。

 付かず離れずの距離感が一番やりやすい。

 ただでさえ受験生であり『Camellia』のプロデューサー役ってことで忙しいっていうのに、面倒ごとは無いほうがいい。

 私は書きかけの日誌を机に仕舞って、
少し遅めのランチをとることにした。