prologue



 もう限界だった。

 身体の中心に響く、最早苦痛とも呼べるくらいの凄まじい感覚。

 その容赦ない責めに、私は自分の足で体重を支える事が出来ずに、ぺたり、床へと膝をついてしまう。

「っ……!!」

 たったそれだけの動作でも、身体に感じる刺激は何倍にも強く、小さく息が詰まる。

「真琴ちゃ……千葉先生!!」

 傍で授業用の楽譜をコピーしていた芽衣が逸早く私の異変に気がつき、顔色を変えて駆け寄ってくる。

 芽衣が私の名前を苗字で呼びなおすと、職員室で一息ついていた教師たちが一斉に私のほうを見遣った。

 ―――いけない、と思った。

 注目して欲しくない。今の、この状態の自分に。

 私の身体の中で起こっている事を、絶対に悟られたくない。

「だ、大丈夫。そんなに騒がないで…少し眩暈がしただけだから」

 私は慌て、何でもない風を装って立ち上がろうとした。その瞬間。

「あ……っ……!」

 そのタイミングを見計らったかのように、合わせて、私の中に埋まるおぞましい玩具が突然震え出した。

 敏感な粘膜が擦られる感触に堪らず声を上げてしまう。

 はっとして口元を覆った。

 私は座り込んだ姿勢のまま、嫌でもスカートの下の状況を再確認させられる。

 挿れっぱなしにされ、一日休むことなく刺激されていた所為で熟れきってしまっている其処。

 ただでさえもう耐え切れないというのに、振動まで加わって、ともすれば私は泣き出しそうだった。

「どっ、どうしたんですか千葉先生っ、何処か痛いところとか……」

「ぇ……な、何でもないの。何でも……」

 幸いなことにその振動は一瞬で終わったけれど、身体の熱が引いた訳ではない。

 芽衣が心配そうに私を気遣い、私の身体を起こしてくれようと手を伸ばしてくる。

 私は反射的にその手を振り払った。他人に触れられるだけでも、今ならダイレクトな刺激になってしまうから。

「わ……私、ちょっと……保健室に」

 これ以上我慢したら、どんな醜態を晒すのか解かったものじゃない。

 早くこの場から立ち去らなければ、との焦る気持ちも手伝って、心臓の鼓動が高鳴っていく。

「一人で行けるんですか、千葉先生」

 その言葉どおり、立ち上がろうとしてもそう出来ないで途方にくれている私と、

 何も知らずただひたずらに私を気遣う芽衣の目の前に、黒い革靴が立ち止まった。

 靴先から視線で背の高いシルエットを辿るように、その人物を見上げる。

「高遠先生……っ」

「具合が悪いのなら無理はしない方がいいですよ。保健室に行きましょう」

 私が彼の名を呼ぶと、彼は労わる言葉を掛けながらその場に屈み、起き上がらせようと私の両腕を引っ張る。

 そして、他の誰にも聞こえない声で

「そろそろ辛い頃ですよね。解放して上げますから付いて来なさい」

 と低く命令するような声音で囁いた。

 高遠の手が離れ、辛うじて立ち上がった私は眉を顰めて首を横に振った。

 それと同時に、また私の身体の中に埋まる玩具が振動し、甘い刺激を送り出す――今度は、継続的に。

「っく……!」

「千葉先生、無理しないで高遠先生に連れて行って貰って? 顔が赤いし、凄く具合悪いんじゃない……!?」

 私だけが感じる異常な熱さと疼きにつっ、と米神を汗が伝った。

 私の視線は、必死に私を説得する芽衣の顔をすり抜けて高遠へと向けられていた。

 高遠は、いつも他の教職員に向けるような穏やかな微笑を浮かべながら、片方の手をスラックスのポケットへと差し込んでいた。

 そこから覗く、小さな棒状のプラスチック。

 私はそれの正体を知っていた――それこそが、今私の身体を苦しめている玩具のリモコン。

 そして、緩く弧を描く彼の唇が動いた。

 “さ か ら う の か ?”

 身体はこんなにも火照っているのに、ゾクリと背筋に悪寒が走った。

 頷かないと、振動は止めてやらない……そういうことなんだろう。

 本意ではないけれど、此処で恥を晒されるよりはよっぽどマシだ。

「……ぁ、そ、そうしますっ……すみませんが、高遠先生……付き添って頂い、て、も宜しいでしょうか……っ?」

 声が喘ぎにならない様に注意しながら懸命に言葉を紡ぐ。

「解かりました、行きましょう」

 彼の白々しい言葉と共に振動が止み、私は安堵の息を洩らした。

「千葉先生を宜しくお願いしますっ!」

 過保護な芽衣は言いながら高遠に丁寧なお辞儀をした。

 私は、礼をする必要なんてないんだと言いかけた口を無理矢理閉ざし、隣に付き添う男を睨んだ。

 こんな酷い仕打ちを受ける度にいつも後悔をする。



 『あの時』、どうして私の胸に響く警笛に従わなかったのかと――――。