-triangle-

Scene.４-４

「ね、ねえ、真琴ちゃん。やっぱりこういうの、よくないよ」

「そんなこと言って、芽衣だって気になるでしょ？　椎名君が考えてること」

　気乗りしなさそうな芽衣の腕を引いて、私は扉の前に立った。勿論、椎名君の部屋の、だ。

「自分が居ない間に部屋の中を調べられるのって、やっぱり嫌だと思うの」

「だから、椎名君にバレないうちに終わらせればいいじゃない」

　目的も告げず、携帯で芽衣を呼び出したのだけど、彼女はこういう手段に抵抗があるらしい。

　私だって少しも心が痛まないワケじゃないし、そりゃあ、誉められた方法じゃないことも解ってるけど……。

「芽衣だって、信じるって決めても、本当はまだ心配してるんでしょう？」

「そ、それは……」

「だから、安心するためだって思えばいいじゃない。何も怪しいモノが出てこないことを確認すれば気が楽でしょ？」

「…………」

　芽衣を説得するためにそんな風に言ってみせたけど、私は彼の奇行の手がかりになる『何か』が出てくるような気がしていた。

　紺野さんと頻繁に会ってる癖に、その理由を言えないなんて……絶対、怪しいに決まってる。

　仮に恋人やセフレじゃなかったとしても、彼らを結び付けているモノが見つかれば収穫だ。

　ううん、後から芽衣を悲しませたりさせるくらいなら、この場で絶対見つけてやるつもりなんだから。

「大体、怪しまれるようなことしてる椎名君が悪いんだから。ね？」

「真琴ちゃん……」

「よし、じゃあ開けるわよ」

「…………」

　芽衣の中にも、やはり真実を知りたいという気持ちが根を張っているらしい。

　私が強引に押し切ると、それ以上言葉を重ねないことで私の行動を黙認してくれた。

　よし、では、いざ―――ごくり、と喉を鳴らして、扉を押し開ける。

　部屋の灯りは当然ながら消えていて、カーテンも引いてある所為か中が見え辛い。

「芽衣、その辺にスイッチない？　電気の」

「あ……うん」

「ちょっとつけてくれる？」

　私は後ろを振り返りながら促すと、彼女は少し躊躇いながらも従ってくれた。

　辺りが一瞬でパッと明るくなり、内装が見やすくなる。

「……まぁ、高校生の男の子の部屋って、こんなカンジよね」

　ガードの固い椎名君だ。こんな風にまじまじと眺める機会は滅多にない。

　椎名君の部屋は、スッキリした印象の高遠のそれとは対照的にモノが多い。

　一角を見ただけでもそれは直ぐに分かった。

　デスクのラックに取り付けてあるテレビの周りはゲーム機器とソフトの山。その隣の本棚には漫画本が所狭しと詰まっている。

　洋服はクローゼットがあるにも係わらず、ハンガーに掛けているものもあれば床に積んでいるものもあって、

　あまり気にしない性格なんだろうなということが窺える。

　ベッドの方を向いても、シーツはおそらく起きたままの状態。部屋着と思われる服が脱ぎっ放しで乗っかっていた。

　そして、私が最も不思議だったのが―――。

「ふうん、意外。クラシックなんて聴いてるのね」

　漫画しか無いと思っていた本棚の一番上の段には、ＣＤが――それもクラシックのタイトルばかりが並んでいた。

　ショパン、ベートーベン、モーツァルトなど。聴きやすそうな有名どころは一通り、という感じだった。

　……言っちゃ悪いが、椎名君がクラシックだなんて全然イメージ湧かないな。

　私の中じゃ、彼はただの不真面目な遅刻魔でしかないから。

「随分、高尚な趣味をお持ちで」

　私が皮肉っぽく言うと、

「……本当に、ちゃんと聴いててくれたんだ」

　私の隣でＣＤのタイトルを目で追っていた芽衣が、ぽつりと呟いた。

「芽衣？」

「彼が2年生の時に、クラシックを薦めたことがあって。それを、ちゃんと聴き続けてくれたんだなって思ったの」

　ショパンのＣＤを手に取った彼女が、嬉しそうに目を細める。

　……ふーん、なるほどね。芽衣が薦めたから聴き始めたってワケか。

　生意気な癖して、案外可愛いところもあるんじゃない。

　一生懸命ＣＤを聴いているだろう彼の姿を思い浮かべてつい噴き出しながら、

　最も何かが眠っていそうなデスクの上や抽斗を調べることにした。

　机の上はお世辞にも片付いているとは言えず、プリントやテキスト、参考書、ルーズリーフの束などが散乱していた。

「うわぁ……懐かしい。私の机も昔はこんな感じだったっけ……」

　まるで過去の自分の有様を見ているようだった。完全に、テスト前は部屋の片付けから頑張らないといけないタイプ。

　椎名君に妙な親近感を覚えつつ、遠慮なく、重なるプリント類を適当に掘り返してみる。

「しっかしモノだらけね。もう少し綺麗にしておけばいいのに」

「そんな……。私達が此処に居るなんて、椎名君は夢にも思ってないのに」

　芽衣に苦笑されて、それもそうかと思う。他人が来るって知ってたら、予め片付けておくよね。

「高遠の弟なんだから、もう少しマシかと思ったんだけどね。そういえば芽衣は、此処に入るの初めてなの？」

「うん、そう」

「へー。芽衣でも入れて貰ったことないのね」

「真琴ちゃんに呼ばれてじゃないとお家には来れないから」

「そっか。じゃあこの機会にいろいろ調べておくといいんじゃない？」

「真琴ちゃんったら。……やっぱり、椎名君に悪い気がするよ」

　あまりにも彼に対する気遣いゼロな私を窘める様に、眉が眉を顰めた時。

「……あ、これ何だろう？　……テスト？？」

　机のモノクロプリントの山から、何やら色のついたモノが発掘された。

　Ａ４ほどの白い紙に、赤ペンで採点がしてある。点数は………。

「……94点。なかなかじゃない」

　恐らく校内での定期テストだろう。クラスの欄に３－Ｃって書いてある。

「本当……。ねぇ、真琴ちゃん、それは何の科目？」

「えーっとねぇ……化学演習って書いてある」

「椎名君は理系科目がすごく得意なの。それって、高遠先生の授業かな？」

「ううん、確か、椎名君は3年になって高遠の授業は取ってないって言ってたから。違う先生じゃないかな」

　3年選択の化学の授業を開講しているのは高遠だけじゃない。

　授業の質で言ったら、おそらく彼も高遠の授業を取りたかったんだろうと思うけど、

　彼の性格や感情的に、兄の授業を選択するのは気が引けたというか……嫌だったんじゃないだろうか。想像の範囲だけど。

　その下にも数枚、数学Ｃや物理のテストも確認することが出来、軒並み90点前後だった。

「やれば出来るっていうのは本当みたいね」

「うん……。でも」

　芽衣の声のトーンがちょっと沈んだ。

「授業態度こそ、最近は改善してくれてるみたいなんだけど……。この時期だっていうのに、進路指導とか二者面談の時、

何処の大学に行きたいとか、そういう希望を真面目に言ってくれなくて」

「え、この時期になっても？　それは流石に不味いんじゃ……」

「適当でいいって言われちゃうの。寧ろ適当に決めてくれたら、其処に行くからとか言い出して」

「適当に決めろって、それ、本当？」

　こくりと頷く芽衣。自分の進路を他人に決めてもらおうとするなんて、何を言ってるんだか。

「それに、今はそれどころじゃないって。……もう少ししたら絶対に考えるから待ってくれって言うのよ」

「……高校3年生が、受験期にそれどころじゃないってどういう状況？」

　呆れた。芽衣の話を聞いて、椎名君が何を考えているのか益々解らなくなった。

　何か他に夢中になっていることでもあると言うのか―――……。

　『いや、でもさ――少しの時間でもいいから、したいんだ』

　『私の家でよければ、いつでも好きなだけ、その……していいから。そんなに焦らないで？』

　不意に、いつかの椎名君と紺野さんの会話が脳内で再生される。

　受験シーズンに夢中になってることってまさか、そういう……？

　そういや、昔テレビだか雑誌だかで見たことがある。現実から逃避したいがために、

　性行為に明け暮れるような人種がいるってこと。

　つまりは彼らの、受験の苦しみから逃れたい気持ちがセフレな関係へと移行させていったって、そういう解釈はできないだろうか。

「椎名君のことが心配なのは勿論だけど、私も担任って初めてでどの程度フォローしてあげるべきなのかわからなくて……」

　芽衣の言葉で私は思考を止め、彼女に耳を傾ける。芽衣は自分を責めているようだ。

　担任としての力不足がそうさせた一因だと感じているのかもしれない。

「仕方ないよ、芽衣だって精一杯やってるじゃない。芽衣が責任を感じることは無いよ」

「……そうかな。でも、私、自信ないし」

　トーンと共に声量も落ちてきた。

　ダメだ。芽衣のテンションがどんどん低くなっていく。

　このままじゃ落ち込みコース一直線だ。こう、励ましつつ話題を変えないと。

「ま、まあ、ほら。椎名君だってこの通り勉強は出来るんだからさ。その気になればちゃんと決めてくれるって」

「………そうだといいんだけど」

「大丈夫、保護者の高遠が近くにいるし」

　……高遠は高遠で放任主義なんだけどさ。とか思ったけど、芽衣の不安を煽るだけなので口には出さなかった。

「それより、折角椎名君の部屋に潜入できたんだから、もっと色々見てみようよ」

　こんなチャンスは滅多にない。彼の思考を知る手立てになるものが見つかるかもしれないことを思うと、

　このまま会話で時間を消費するのは惜しい気がした。

「う、うん……」

　相変わらず乗り気じゃなさそうだったけど、彼の気持ちを理解したいという気持ちは私より上な筈。

　声を掛けると、芽衣はおずおずと頷いた。

「うーん、椎名君が後ろめたいモノを置いてそうな場所ねぇ……」

　机の上は授業関係のモノしか見当たらない。だとすれば、それ以外の場所を攻めた方がいいだろう。

「やっぱりベッドの下ってセオリーなの？」

　誰に訊くでもなく、私はひれ伏すようにフローリングに足や手を付いて、ベッドの下の隙間に目を凝らした。

「ちょっと、真琴ちゃん、何してるの？」

「何って、此処に何か無いか見てるのよ。あれ、でも今はベッドの下って古いかな」

　言いながら、隙間に手を伸ばしてみる―――特に手応えはなく、指先に埃が纏わりつくだけだった。

「最低でも、如何わしい本の一つや二つくらい出てくると思ったのに……逆に不健全よ」

「い、如何わしい本って……」

　私が不服そうに言いながら少しずつ移動して場所を変えていくと、芽衣が困惑したように口ごもる。

「もう高校生なんだから、そういう漫画があったって可笑しくないじゃない？」

「……や、やっぱり椎名君もそういう本って読んでるのかな？」

「そりゃ読んでるでしょ。男の子って一度はそういう道、通るんじゃない？」

「………そ、そうかなぁ……」

　表情は確認できないけど、当たり前だと言う私の反応に芽衣は戸惑っているようだ。

　純粋な芽衣は、自分の好きな人がそういうのを読んでるのを許せないタイプなんだろうか？

　大学時代に男友達が多かった私としては、それで普通かな、位なんだけど……。

「まぁ芽衣の気持ちも解るよ？　でもほら、椎名君も何だかんだで年頃の男の子なんだからさ」

「あ、ううん。そうじゃなくて……」

　芽衣は私の言葉を遮った。

「椎名君、そういう実践っていうか……女の子の触れ方に慣れてる感じだったから。漫画とかって必要ないんじゃないかなって」

「あー、なるほど。実践で発散できそうだから、漫画で昇華する必要無いってことか」

　まぁあの外見だから、今まで彼女が居たって可笑しくないだろうし、経験豊富っていうのもあり得る。

　………ん？

　私はハッとして、一度身体を起こして芽衣を振り返る。

「ちょっと待って、どうして芽衣がそんなことを知ってるの？」

「え？」

「女の子の触れ方に慣れてる感じ、って……まさか芽衣、椎名君ともう……？」

「ち、違うの！　そうじゃなくて！」

　芽衣はやっと自分の失言に気がついたらしい。

　椎名君の『実践』が慣れているモノかどうかは、一緒に『実践』した人間じゃないと解るはずがない。

　ということは、芽衣は既に椎名君と『実践』したことになるワケで―――。

「ちょっと芽衣、それは初耳だよ？　まさか椎名君ともうシちゃってたってこと？」

「違うの、全然そんなことないの！　あ、あれは不慮の事故っていうか……からかわれただけっていうか･･･…」

　芽衣はあたふたと両手を振って否定するけど、あまりの動揺っぷりに全く信憑性がない。

「不慮の事故って何？　でもシちゃったんでしょ？」

「シてないよっ。全然、そんなんじゃないの。普段だって手も繋げないのに、出来るわけないよ！」

「………何それ、どういうこと？」

　芽衣の言っている意味がさっぱり解らない。結局シたのか、シなかったのか。

「椎名君だってきっと、本気じゃなかったっていうか……」

「え、何？　本気じゃないのにシたの？？？」

　もう何が何だか。自分で言っていても頭がこんがらがる。

「だからシてないの、途中までだもん！」

「途中まで！？」

「…………」

　気まずそうに黙りこくった芽衣の口を割らせるのには時間がかかったけど、結局、白状してくれた。

「椎名君に無理矢理迫られた？？　例の個人授業の時間に？」

　芽衣は3年の選択授業で音楽3というコマを持っている。

　例年、音大志望者等が受講するのだけど、今年は何故か音楽に縁の無い椎名君しか受けていないのだ。

　つまり、完全に芽衣と椎名君の個人授業ってことになる。

「うん……。当時は、怖くて誰にも……真琴ちゃんにも言えなくて黙ってたんだけど」

「それってつまり、襲われたってことでしょ！？」

　その頃から芽衣に気があったのが理由って言っても、何てヤツ！

　強引に芽衣を自分のモノにしようとするなんて、酷い。酷すぎる。絶対引っ叩いてやるんだから！

　そう噴火しかけて、残念なことを思い出してしまった。

「……これも高遠家の血ってことか……」

　私の怒りは空気の抜けた風船のように萎んでいく。私と高遠も、始まりは不本意な関係からだったじゃないか。

　こういう、ろくでもないとこばっかり似なくたっていいものを――何だかガッカリしてしまう。

「で、でも、椎名君、それについては反省してくれてるみたいだし……もういいの。それからは、二人で居るときは優しいし」

　芽衣は私が椎名君に悪印象を持ったことに気付いたのだろう。慌てて彼を庇うように言った。

「ふーん……優しい、ねぇ」

　『誰に会わせても恥ずかしくない、自慢の彼氏だったんですよぉ～』

　芽衣の言葉で飲み会でのアヤさんの発言を思い出し、いかに高遠が彼女に優しい対応をしていたかということが頭を過ぎる。

　……アヤさんには、こんな後ろ暗い部分を見せないだろうに。

　私にそういう面を見せるのは、私がアヤさんの――ただの代わりだからなのだろうか。

　情けなくも、不安からそんなことを考えてしまう。……嫌だ、なるべく気に留めないようにしているのに。

「芽衣と椎名君との間で、話がついてるならいいんだけど」

　不安を振り払うように、再びベッドの方へと身体の向きを変えた。

　――ふと、先ほど調べたベッドの、マットレスとヘッドボードの間に、ノートのようなものが挟まっていることに気がついた。

「……あ」

「どうしたの？」

　私はゆっくりと手を伸ばして、そのノートを手に取る。所謂、普通のＢ５の大学ノートだった。

　タイトルは特についていなくて、中を開いて確認するしかなさそうだ。

「これが、ベッドの間にあったんだけど……あれ、何か挟まってる」

　中を開く前にまず芽衣にそれを差し出してみる。

　おそらくプリントのサイズがノートよりも大きかったのだろう。間にプリントの類が挟み込んであるのが分かる。

「何のノートなんだろう。っていうか、このプリントも―――」

　好奇心から、まずノートからプリントだけを抜き取った。

　プリントには、五線譜にオタマジャクシが踊っていて……あれ、これはもしかして何かの楽譜？

　でも私にはそれが何の曲なのか分からない。芽衣にきこうとしたとき、

「――ヒトの部屋で何やってンだよ！！」

　怒りに満ちた声が部屋を支配した。私も芽衣も、驚きのあまり竦み上がって動けなくなる。

　恐る恐る扉の方を見遣ると、其処には鋭い目で私達を睨み付ける椎名君の姿があった。

「し、椎名君っ……な、何でっ……」

「自分の家に帰ってきちゃワルいっての？　つーか、真琴センセ達こそ、なンでオレの部屋に居るワケ？」

　嘘、どうして……！　この時間帯に帰って来ることなんてまず無いのに。

　っていうか、扉の音なんて聞こえなかったし、足音だって――……。

「ねェ、答えてよ。なンでオレの部屋に居るのか、オレが納得する理由を―――……ッ！？」

　椎名君は、私が手にしているノートと楽譜らしきものを見つけると、血相を変えて部屋の中に飛び込んでくる。

　そして、私の手からそれらを力尽くで奪い取った。

「きゃっ！」

「勝手にオレのモノに触ンなよ！」

　彼は嘗て無いほど不機嫌な様子で、私を一瞥すると、そのプリントをノートの間に挟みこんで、後ろ手に隠すような素振りをした。

「……サイテーだな。ヒトが居ない間に、勝手に部屋ン中調べるなンて。それでも教師？」

　椎名君が怒るのは無理ない。私だって、同じことをされたら烈火のごとく怒り出すのは間違いない。

　でも――。

「そ、そうさせた原因は椎名君にあるんだから！」

「はァ？」

　私は、敢えて悪びれない風にそう言い返した。

「椎名君が悪いのよ。相変わらず……今日だって紺野さんとコソコソ会って、一体何してるって言うのよ？」

「またその話？」

　ウンザリしたように、椎名君は露骨に嫌な顔をした。

「オレが放課後何をしたって、真琴センセにはカンケーないって言ったじゃん。覚えてるでしょ？」

「私は関係ないかもしれないわ。でも芽衣は関係あるもの！」

　椎名君が現れてから青ざめた表情をしていた芽衣は、話に出されるとびくっと肩を揺らした。

　彼も、芽衣の方を見て小さくため息を吐く。

「……まさか、芽衣センセまで真琴センセと一緒になって、こンなドロボーみたいなコトするなンて」

「ちょっと、芽衣を責めるのはお門違いよ！　私が強引に芽衣を連れ出したんだから」

　芽衣の本意じゃない――それだけは伝えなければと思って言うと、

「そンなの分かってるよ。こンなこと考えるのって真琴センセくらいだろ。けど――」

　椎名君は裏切られたとでも言いたげに瞼を閉じた。

「……オレ、芽衣センセに信用して貰えてなかったことがショックだ」

「ちょっと……！！」

　彼は私を責めるより、芽衣に失望した様子で彼女を向いた。

「……オレ、言ったよね？　芽衣センセが心配するようなことなンて何も無いって……」

「…………」

　芽衣は、彼からの視線が痛いのか、ぎゅっと掌を握ったまま下を向いている。

「どうして、信じてくれなかったワケ？」

「…………」

「やめてよ、芽衣をいじめないで！」

　私は椎名君に噛み付くように言い放った。

「悪いのは私なの！　芽衣は貴方の部屋に入るのを最後まで嫌がってたのよ。全部私が言い出したことなの！

だから、私が怒られるのは構わないわ。でも芽衣を問い詰めるのは間違いよ！」

　私が責められるのは当然といえば当然だ、我慢できる。

　でも、私が巻き込んだとも言える芽衣ばかりが追及されるのは耐えられない。

「………よ」

　芽衣が、聞き取れないくらいの小さな声で絞り出した。

「芽衣……？」

「……信じようとしたよ。でも――信じられるワケないよ！！」

「ッ……！」

　芽衣が丸い瞳に涙を溜めながら、椎名君を見つめ返した。

　いつも大人しい芽衣が感情を露わにすることは珍しい。だからこそ、椎名君も息を呑んだようだった。

「私ね、いつも不安なの……椎名君にとって、私って何なんだろうって……。

本当は、若い子と……紺野さんみたいな子と一緒に居たほうが良いんじゃないかって――」

「な、なンでそこに紺野が出てくるンだよ……！？」

「もう隠さなくたって良い。もう嫌なの……私、椎名君が好きだから信じようとした。でも……。

今のこの状況じゃ、信じろって言われても椎名君を信じられない。無理だよ……！」

　かぶりを振ると、瞳に溜まった涙がぽろぽろと零れる。

「……部屋に入ったことはごめんなさい。私、もう帰りますから……！」

「め、芽衣っ、待ってよ！」

　逃げるように部屋から出て行く芽衣を追いかけようとして、私は一度だけ椎名君を振り返った。

「こっちは全部知ってるのよ！　紺野さんと身体の関係があるってこと！」

「え……！？」

「自分に落ち度があるのに、芽衣を責めるなんて信じられない。それでよく信用しろなんて言ったものね。

裏切ってるのはそっち、サイテーなのはそっちの方よ！　全く、兄弟揃って最悪だわ！」

「ちょっ――何言って……！！」

「貴方達兄弟なんてこっちからお断りよっ！　さよーなら！！」

　最後、個人的な恨みが入ってしまったことは否めない。

　だってそうじゃない。兄弟揃って、浮気――いや、もしかしたら本気になってる可能性だってある。

　そんなところまで似る必要は無いって言うのに！

　私は荷物を拾い上げると、椎名君の制止を振り切り、芽衣を追いかけて部屋を出て行った。