Scene.5-1




「それでは整列して、学級委員は点呼が終了したら担任の先生に報告して下さい。学級委員に協力して下さいね」

 3年の学年主任である小宮先生は、何時になく癒しボイスを張り上げながら、空港内の一角に集まった2学年分の生徒たちに号令を掛けた。

 いつも穏やかで余裕のあるイメージの彼も、この日ばかりは全体の指揮を執らなければということで、少しあくせくしているようだった。

 本日―――10月9日から10月11日にかけて、成陵高校2学年合同であり2年に一度の大イベント、修学旅行が始まった。

 集合は早朝。眠い目を擦りながら数時間のフライトを経て、北の大地・北海道へ降り立ったところだ。

 いつもは他校より比較的真面目で大人しい成陵の生徒たちだけど、そこはやはりまだ高校生。

 旅行ともなればテンションも上がり、賑やかな笑い声や会話が絶えず、纏める担任の先生方は大変そうだ。

 進学校故に勉強は勿論、全力投球だけれど、遊ぶ時も全力投球。それが成陵の生徒の良いところなのだと感じた。

 それぞれのクラスの担任から人数確認の作業を終えると、小宮先生は息を吸い込んで、

「では、此処からは班ごとに自由行動にします。各班ごと纏まって行動して、しおりに書いてある時間通りにホテルへチェックインすること。

何か問題があったら、各自担任の先生へ連絡をして下さい―――では、くれぐれもトラブルのないように楽しんで下さいね」

 と、また声を張って自由時間のスタートを告げた。

 それにしても、空港に着いたらすぐ解散、とは……成陵は進学校にしては珍しい放任主義だと思う。

 私が学生の頃なんて基本はバス行動で、たまに自由行動を挟むくらいだったのに、

 この学校ときたら移動以外は全て一貫して班ごとの自由行動になっている。

 「生徒の自主性に任せる」っていうのが校長の口癖ではあるけど、確かにそんな校長の期待さえ裏切るようなことをしなければ、

 思い思いに時間を使えるワケだから合理的なのかもしれない。

 団体行動が苦手な私としても、学生時代はこんな風に過ごしたかったものだ。

 なんて考えている傍から、周囲の生徒たちはそれぞれ班ごとに立てた計画を元に散らばり始めていた。

 初日のホテルは札幌。なので、殆どの班は札幌を拠点にして観光をする。

 ということは9割くらいの生徒が空港から札幌まで出ている快速電車に乗るので、私やアヤさんのような担任を持たない教師は、

 その電車に乗って何となく生徒たちの様子を見ていればいい。養護なんていうのは名ばかりだ。

 何処かの班が声を掛けてくれれば、その子たちと一緒に観光するのもいいし―――……。

「ねぇねぇ高遠センセー、私達と一緒に展望台行こうよー」

「えー? センセ、うちの班と時計台に行くんでしょー?」

「ちょっと、高遠先生はあたし達とまずテレビ塔に行くんだからっ」

 ……ちらっと横を見遣ると、声を掛けられ過ぎて困っている教師が居た。

 おそらく担任しているクラスの女の子たちだろう。

 高遠は、彼女たちに囲まれて眉を下げている。

「だってセンセ、この間はウチらの班と一緒に来てくれるって言ったじゃん!」

「あたし達だってこの間約束したもん。ねぇセンセ?」

 女子生徒の一人が高遠のスーツの袖口を引っ張ってアピールすると、負けじと違う班の子が高遠の腕を引っ張る。

 ……ははぁ、なるほど。状況から察するに。

 誰にでもいい顔したがる高遠の事、悪気無く適当に頷いているうち多重に約束してしまったということなんだろうか。

 女の子から取り合いにされるのは結構なことだけど、こういう場合は考え物だよなと思ってしまう。

 高遠もマズいと思っているようで、少し考えるような素振りを見せてから、

「うーん……ではこの際、皆一緒に回りませんか?」

 と、苦し紛れに提案した。

「えぇー、皆で??」

「折角、自由行動なのに?」

 当たり前だけど女子からは反感を買っていた。なるべく団体行動は避けたいのだろう。

「そうは言われても、僕の体は一つしか無いですから。それぞれの班の行きたい所をなるべく回るようにしたらいいんじゃないですかね」

「うーん……」

 女子生徒たちはしばらく顔を見合わせつつも最終的には頷きながら、

「センセがそう言うなら……」

「そだね。仕方ないかぁ。じゃあ高遠センセは終日うちらと回ってね!」

 と、笑顔を見せた。

「はいはい、了解しました。では時間に限りがあることですし、札幌駅に向かいましょうか」

 ……何だかんだで丸く収まったようだ。高遠もホッとした表情を浮かべながら、物分かりのいい女子生徒たちを引率して乗り場へと向かった。

 流石は良い子ちゃんの高遠。こうなることは分かっていたにしても、女子生徒からの懐かれ具合は半端じゃない。

「ふーん、本当に怜ってば人気なのね」

 同じく横で様子を見ていたアヤさんも、口をぽかんと開けて感心していた。

「バレンタインとかは大変だったらしいですよ。川崎先生が言ってました」

「そうなの。立場が変わっても、変わらないのね」

「え?」

「前にもちょっと話したでしょう? 怜は昔から本当にモテてたのよ。やっぱり、教師になっても変わらないんだなぁって」

「ああ、そういう意味ですか」

「…………」

 高遠の背中を見送るアヤさんは、ちょっと不機嫌そうだった。

 正直、その気持ちは分からなくない。

 生徒と教師だって分かっていても、生徒から慕われるのは悪いことじゃないって理解していても。

 あんな風に、若い女子生徒からのボディタッチやアプローチがあると、ついつい心配になってしまう。

 特に、あの年代の女の子は思い込みが激しいから、気持ちが盛り上がってしまうと、告白するなんてことがあっても不思議じゃない。

 ……それで高遠が靡くとも思えないんだけど、可能性としては十分考えられるワケで。

 いや、今心配しなきゃいけないのは女子生徒のことじゃなく、隣に居るアヤさんであることは明白なんだけどさ。

「真琴センセー、長谷川センセー。何処に行くんですか?」

 そうこうしていると、特に目的も無くボンヤリしている私達の存在を見つけた生徒達が声を掛けてくれる。

 女の子3人、男の子2人のグループ。

 おそらく3年生だろう。記憶が曖昧だけど、アヤさんの名前を知っているということは『食品化学』を受講している子だ。

「私達、北大に行こうと思ってるんですけど、センセも一緒に行きませんか?」

 なるほど、大学を見学するってことか。丁度いい、何処を見回るかも決めてなかったし……。

「ええ、それじゃあ―――」

「ごめんなさいねぇ、私と真琴先生、これから大事な打ち合わせがあるのよ〜」

 快く頷こうと思っていたところを、アヤさんの笑顔が制した。

 打ち合わせ……? そんなの、初耳だ。

「そうなんですか、残念〜。じゃあ私達、電車で移動しますね」

「気をつけてね〜」

 アヤさんがひらりと手を振ると、生徒のグループは会釈して電車の乗り換え口へと駆けて行った。
 
「アヤさん、何で断っちゃったんですか?」

 生徒たちの監視は私達の仕事だ。まさか観光が面倒くさいだなんて言い出すんじゃなかろうか。

 責めるようなニュアンスを含めて訊くと、彼女は人懐っこい笑みを消し去り、極々真剣な眼差しで私を見つめた。

 ――――顔の作りが精工なためか、美人が真顔になるとちょっと、いや、結構怖い。

 もともと笑顔の多いアヤさんの無表情は珍しくて、尚更そう感じてしまう。

 私は心細い気持ちを表に出さないようにしながら、彼女の唇が音を紡ぐのを待った。

 ―――のだけど。

「………怜たちを追っかけましょうか?」

「え?」

 次の瞬間、彼女が発した言葉に度肝を抜かれた。

「面白そうじゃない。怜たちの後を追いかけましょう? 私達もあの女の子たちに交じっちゃえばいいじゃない」

「な、何言ってるんですか、アヤさん」

 いくら気になるからって、クラスの女の子たちに交ざるだなんて―――相変わらずこの人は変なことを言い出す。

「流石にそれは、ちょっと」

「あら、どうして? 怜だって一人であんなに大勢の生徒たちを見るのは大変じゃない」

「……そ、そうかもしれませんけど、でも」

「怜を助けてあげると思えばいいじゃない」

 寧ろ仕事上での協力だと言わんばかりのアヤさんに、私はどう言っていいものか頭を抱えた。

 言ってることの筋が通らないワケじゃないけど乗り気がしない。

「真琴さんだって、やっぱり様子が気になるでしょ?」

「…………」

 気にならないと言えばウソになる。私もアヤさんと同じ気持ちだ。

 でも、私が抱えている感情はそれだけじゃない。

 白状すると、私はアヤさんが居る前で高遠と顔を合わせるのが嫌だったのだ。

 高遠がアヤさんと、どう接するのか。

 どんな風に視線を交え、どんな風に笑いかけるのか。

 想像するだけで、その頭の中の映像ごと振り払いたくなってしまうほどに。

「ね、決まり。後つけてやりましょ」

「あ、アヤさん!」

 黙りこくった私の手を引いて、彼女は駆け足で電車の乗り換え口へと走っていこうとした。

「わ、私は、遠慮します!」

 反射的に、私は彼女の手を振り払ってしまった。

 振り返ったアヤさんが、不服そうな表情で私を見遣る。

「いいじゃない、別に悪いことじゃ――」

「行きたいなら、アヤさんだけで行ってください。私は、他の子たちと合流しますから」

 無意識のうちに強い語調になってしまったかもしれない。

 彼女の言葉を遮って言うと、彼女は仕方ないという意味なのか、肩を竦めた。

「私ひとりじゃ、抜け駆けみたいじゃない。……わかったわ、そんなに嫌なら、止めておく。それでいいでしょ?」

「……別に、行きたいならアヤさんだけでも行ってきたらいいじゃないですか」

「ふふ、何拗ねてるの? 真琴さんったら」

 アヤさんだけが追うことになっても、それはそれで不安は残るのだけど……私はつい口を尖らせてしまう。

 それを軽くあしらう様にアヤさんが笑った。

「どっちにしても、札幌までは出なきゃなんだから、早く行きましょう?」

「…………」

 「ね?」と促されて、私はこくりと頷いた。そして改めて乗り換え口へと歩き出したのだった。

 ・
 ・
 ・

 30分とちょっと、私とアヤさんは肩を並べて快速電車に揺られていたけれど、

 その間、いつも饒舌な彼女にしては珍しく殆ど話しかけては来なかった。

 私が高遠を追うことを拒んだ時の態度で、機嫌を損ねているとでも感じたのだろうか。
 
 彼女と高遠とのことで気を揉んでいた私には好都合だった。

 元々気持ちが塞いでいるのに、原因となっている女性とずっと気さくに話せるほど大人じゃない。

 駅に着いてまず大きな荷物だけコインロッカーに入れてしまうと、彼女は構内から広場に出ながら「わぁ」と声を上げた。

「懐かしーい、この感じ。大学の卒業旅行以来だわ」

「アヤさん、卒業旅行は国内だったんですね」

 大学の卒業旅行というと、自分も含めて海外が多いと思っていたので、ついそう訊ねてみた。

「ええ、同じ学部の友達と行ったのはね。学会やら国試やらで忙しい子が多くて、日程組み辛かったのよ」

 北海道の交通の中心ということもあり、とても綺麗な外観の駅だ。

 前回来たのが記憶の遥か彼方だったこともあり、私も彼女につられ近代的な建物の作りに感心してしまう。想像していた以上に都会。大都会だ。

 と感心しているところで急に、

「ねー真琴さん、私、甘いものが食べたくなっちゃった。行ってみたいカフェがあるんだけど、どう?」

 いつの間にかバッグからガイドブックを取り出していたアヤさんが、気が抜けるような提案をしてくる。

 全く、この人は。とことんマイペースだ。

 学校行事だってことが頭にないワケではないと思うけど……。

「一応、見回りするのが私達の仕事ってことになってるんですけど」

「カフェの周辺を、美味しいスイーツを食べながら見回りっていうのじゃダメかしら?」

 そういうのを職権乱用と言うのだけど、それを彼女にどう言い聞かせたらいいのやら。

「うーん……」

「いいじゃない、ひとまず休憩ってことで。……それにね」

 渋る私を宥めるように言いながら、彼女が不意に真面目な顔つきになる。

「――真琴さんに話したいことがあるの」

 そう告げるアヤさんの声音は、普段、気ままに物を言うような言い回しではなく。

 何か、重要なことを伝えようとしている――根拠はないけれど、そんな予感を覚えた。

「……話したい、こと?」

「ええ。だから、お願い」

 両手を合わせてきゅっと目を瞑る彼女に根負けし、ついに私が折れた。

「………わ、わかりました」

「ふふ、ありがと」

 私の承諾を聞き届けた彼女は、安心したようにすぐ傍のタクシー乗り場へ足を向けた。

 ピンヒールの硬質な音でコンクリの地面を蹴りながら、観光客向けに列を成しているタクシーに声を掛けた。

 ・
 ・
 ・

 アヤさんイチオシのカフェは、道内にある有名な牧場と提携していて、濃厚なミルクを使ったアイスクリームやケーキがウリらしい。

 店内は白で統一し、清潔感が溢れ、且つ落ち着いていて長居しやすそうな所。いかにも女性がターゲットという感じがした。

 アヤさんは散々迷いながらもアフォガードとアイスコーヒーを。私はレアチーズケーキとアイスティーをオーダーした。

「観光客向けにしては、思ったよりもいいところでよかったわ」

 お冷の入ったグラスを手に取り、口に含んでからアヤさんが言った。

「そうですね。でもアヤさん、少しお茶したら、ちゃんと仕事に戻らないとダメですよ?」

 よもやこのまま職務放棄をするのではないかと、一応クギを刺しておく。

「わかってるって。真琴さんて、意外とカタい所あるわよねぇ」

「………」

 確かに、変に正義感が強いところはあるかもしれないけど、私が言ってるのは至極当たり前のことだ。特別カタいとは思わない。

「それよりアヤさん。話したいことって何ですか?」

 早く用件を済ませて仕事に戻らなくては。そんな気持ちで私が訊ねると、アヤさんは何故か困った顔をした。

「えー……もうその話、しちゃうの?」

「は?」

「まずは甘いものを楽しんでからにしようと思うんだけど、ダメかしら?」

「…………」

 まさか。まさかとは思うけど、この人、ただ単に一休みしたかっただけなんじゃないだろうか。

 アヤさんのことだ、その可能性は0ではないと分かっていたものの、呆れかえってしまう。

「話がないなら、私もう生徒の様子見に戻ろうと思うんですけど」

「えー! 待って、話はあるのよ、あるの。でもねー……」

 私が立ち上がるような振りを見せると、彼女は慌てて首を振った。

 行動が読めないのはいつものことだけど、こんな風に意志をはっきり示さないのはらしくない。

「何ていうかー……どう話していいか、ちょっと、迷うっていうか……」

「………何なんですか、一体」

 こっちはアヤさんと一緒に居るだけでも精神をすり減らしているというのに、余計に煩わせないでほしい。

 段々苛立ちを隠せなくなった私は、クールダウンしようとわざと大きく息を吐いた。

「―――うーん、でも、そうね、折角のチャンスだし。今言うことにするわ」

 その間、何かを決断したらしいアヤさんが、一度目を伏せ、そして覚悟を決めるようにすっ、と息を吸い込んだ。

「真琴さん、お願い――――明日、怜と函館山で過ごす時間を、私に譲ってほしいの」

「―――――………」

 思いもかけない言葉を耳にして、一瞬、私の思考は停止した。

 
『怜と函館山で過ごす時間を、私に譲ってほしいの』

 そのフレーズだけが、未消化のまま頭の中をぐるぐるぐるぐる駆け廻っている。

「お待たせしました、アイスティとチーズケーキのお客様」

 オーダーした品物を持って来た店員の声に、再び思考が活動を始める。

「アイスコーヒーとアフォガードのお客様。以上でお揃いでしょうか」

 私とアヤさんの前にグラスやプレートが置かれる、その僅かな時間さえも惜しい。

「急に、何を言い出すのかと思ったら――そ、そんなの、出来ませんよ」

 店員が離れると、私は運ばれたスイーツをそっちのけでアヤさんに噛みついた。

「自分でも図々しいことを言ってるのは分かってるの。怜の恋人は真琴さんだっていうのも理解してる。

 今まで、貴女が怜と二人きりで会うのを制限させてしまった分、今回だけは譲ろうと思ってたわ。それは本当よ」

 じゃあどうして急にそんなことを――そう口から出かけた時、

「真琴さん、正直に答えて。今、怜と上手くいってないでしょ?」

「!」

 アヤさんが突然、真に迫った質問を投げかけてくるものだから、私は言葉を失った。

 彼女は、私が必死に隠そうとしていたことを、既に見破っていたのだ。

 今の私の反応を見て確信したのだろう。アヤさんは続けた。

「やっぱり。……そうなんじゃないかなって思ってたの」

「…………」

「私の所為なんでしょう?」

「………はい」

 彼女に感付かれてしまった以上、隠しては置けない。

 私は、素直に頷きながらも、だから、と声を張り上げた。

「私にとって明日、彼と会う時間は、彼との仲を取り戻せるかもしれない最後のチャンスだと思っています。

申し訳ないけど、アヤさんにお譲りするワケにはいきません」

「………そう」

「だ、大体、アヤさんは我儘過ぎます。気ままに高遠を捨てて、また気ままに彼のところへ戻ってくるなんて。

どうせすぐまた、気ままに他の人を好きになるんでしょう」

「私のしたことの残酷さは分かってるつもりよ、でも――」

「分かってないです! それがどれだけ彼の心の傷になってるか、アヤさんは絶対に分かってない!」

 今まで我慢に我慢を重ねていた感情という名のダムが決壊し、思わずそう声を荒げた。

 強い憤りが私を支配する――彼が私に興味を持ったのは、私がアヤさんに似ているからだったのだ。

 そして、そのアヤさんに似ている私を意のままにしたいという願望を持つくらい、彼の感情は屈折してしまっていたというのに。

 周囲の女性客が、私達の席に注目してヒソヒソと声を立てているのが分かる。

 こういう場所で騒ぐのは良くないし、好きじゃないけど―――でも、私は止められなかった。

「カラダの相性だとか、優しすぎてつまらないだとか、そんな下らない理由で彼を捨てたんでしょう?

挙句、結婚式の直前に、彼の研究室の教授と駆け落ちだなんて……酷過ぎる……!」

「真琴さん、違うの、それは―――」

「何が違うんですか!? 彼から全部聞いてるんです、貴女のことは」

「すみません、お客様。周りのお客様のご迷惑になりますので、もう少しお控願えませんでしょうか?」

「……っ、すみません」

 慌てて店員が制しに来たところを見ると、ヒートアップし過ぎてしまったらしい。私もアヤさんも頭を下げた。

 気を配れなくなっていたことを反省しつつ、再びアヤさんと視線を交わらせる。

「……じゃあ。違うって、どういうことですか?」

 幾分冷静になった私が静かに訊ねる。

「確かに、そういうことも理由の一つだったかもしれないわ。でもね、一番大きな理由はそれじゃない。

……こんなこと、理解してもらえるなんて思ってないから、誰にも話したことないし、話すつもりもなかったんだけど」

「………」

「それでも私、どうしても明日の時間を譲ってほしいから―――もし、少しでも私の気持ちを真琴さんに理解してもらえる可能性があるなら、

聞いてもらいたいの。だから真琴さん、お願い……少しだけ、私の話を聞いて」

 彼女の戸惑いが、表情から見て取れる。おそらく彼女の言うとおり、他人には明かしたことのない内容なのだろう。

 私が頷くと、彼女はぽつりぽつりと学生時代のことを話し始めた。