Scene. Extra



「それはつまり、真琴の勘違いだったってこと?」

「う、はい……」

 私は恥ずかしさから、微かな声で頷くと、真向かいに座る高遠は苦笑いを浮かべた。

「やっぱり。そんなことじゃないかと思ってたんだよ」

「う、嘘! 貴方だって一緒になってあれこれ仮説を立ててた癖に」

「俺は真琴経由でしか話を聞いてないんだから、仕方ないだろ」

 二人きりで夜を過ごすのは久しぶりだというのに、話題が話題だけにロマンティックな雰囲気どころではない。

 「俺は知らない」とでも言いたげな高遠を非難しつつ、私はダイニングのテーブルに突っ伏した。

「……だって仕方ないでしょ。椎名君たら、ただでさえ何考えてんだか分からないんだもの。

芽衣に対して急によそよそしくなったりとか、クラスの女の子と急に親密になってたりしたら、誰だって浮気だと思うわよ」

 修学旅行二日目の夜、私が高遠と共にホテルへ帰ってくると、同室であるはずの芽衣の姿はなかった。

 まさか紺野さんと出て行ったまま戻らないのかと心配になり、電話をしようと思った所で、芽衣は一足遅れて帰って来た。

 ―――妙に嬉しそうな笑顔を浮かべて。

 何があったか問い詰めてみたら、聞いてびっくり!

 椎名君が芽衣のためにサプライズなバースディプレゼントを贈ったって言うじゃない。しかも、正式に「付き合って下さい」っていう告白付きで。

 ここ一カ月の経緯を知る私は、思わず声を上げて驚いてしまった。

「だから言ったろう。真琴が口を出すとややこしくなるからって」

「……でも、大事な友達のことだもの。黙ってなんていられないじゃない」

 口では言い返しながら、高遠の言葉がナイフのようにぐさぐさと突き刺さり、内心では息も絶え絶えだ。

 そうなのだ。考えてみれば、私が芽衣の悩みをどんどん深刻なものにしていったと言っても過言じゃない。

 椎名君が芽衣のためにひっそりとバースディイベントを温めていた――不審過ぎる椎名君の行動もその一端を担ったと、声を大にして言いたいけど――のに、

 私が弱気な芽衣の不安を煽るようなことを言ってしまい、結果、二人の間に亀裂が生じてしまったのだ。

 
『そもそも――アンタ達が余計なコトしなきゃ、こンな風に揉めなかったンだけどね』

 いつだったか、椎名君から言われた言葉がよみがえる。真相が分かった今なら理解できる。そうです、ごめんなさい、と。

「大体……紛らわしいのよ。思わせぶりな言い方するんだから……!」

「え?」

 意味が分からないと言いたげな高遠を差し置いて、私の脳内で椎名君と紺野さんの怪しい会話が再生される。

 『……何か、お取り込み中みたいだから、椎名、今日は止めておこうか?』

 『え?マジで?』

 『私は、椎名さえよければ何時でもいいよ。また明日でも、明後日でも』

 『いや、でもさ――少しの時間でもいいから、したいんだ』

 『あはは、大丈夫。私の家でよければ、いつでも好きなだけ、その……していいから。そんなに焦らないで?』


 つまりこれって――『ピアノの練習』だったってワケだ。

 言葉を補完してみたら、とても健全な内容で自分でもガッカリした。いや、訂正。ホッとした。

 あーもう! ソッチの意味で捉えてしまった自分が情けないし恥ずかしい。でもその時はそう聞こえたんだもの!

「……何でもない」

 これは高遠には黙っておこう。バレたら鼻で笑われるだけじゃ済まなそうだ。

「しかし隼人がピアノを、ね。何だかアイツじゃないみたいだな」

「経験ないのに猛練習したらしいよ。それだけ芽衣のこと好きってことなんじゃないかなあ」

 個人差はあれど、高校三年生、特にトップレベルの大学を狙う生徒の多い成陵の子にとって、今の時期は一分一秒が大事な筈。

 椎名君だってその一人だ。……半端な気持ちじゃないというのは伝わってくる。

「そんなに本気だって言うなら、私達に相談してくれたっていいのに。そしたら協力したのにね」

「こうなると思ってたから、隼人も用心して言わなかったんだろう。賢明だな」

「……!」

 私が何気なく呟いた一言に、高遠は至極当然といった様子で淡々と返した。

 何か言い返したいけど、もっとも過ぎて言葉が出ない。うう……どうぜ私が悪いですよ。

「大体、真琴はせっかちっていうか……短絡的すぎる。子供じゃないんだから、何かあっても頭を冷静にして、

事実を確認してから話す癖を付けた方がいい。隼人のことだけじゃない、彩とのことだってそうだろう」

「……はい、すみません」

 高遠の言うとおりだ。社会人なのに、勢いのままに突っ走ってしまう癖はどうにかしなければ。

 アヤさんと言えば、彼女も昔は私と同じで思いこんだら一直線タイプだったみたいだけど、

 私が彼女のように感情をコントロールできるようになるのは、まだまだ先なのかなあ……。

「嫌に素直だな」

「……だって本当の事だもの」

 自分で勝手にアヤさんを引き合いに出した所為もあり、私はテーブルに頬を付けたまましおらしく頷いた。

 と、トトト……と小さな足音を立てて、足元に近づいてくる気配を感じた。

「にゃああ」

 愛らしい鳴き声を耳にして、私は上体を起こし、テーブルの脇に座り込んだ彼に視線を落とした。

「ネコ……慰めてくれるの?」

「………」

 私がそう声を掛けるけれど、ネコは知らんぷりで毛づくろいを始める。……別にいいですけど。

「旅行の間って、ネコはどうしてたの?」

「ああ――ペットホテルに預けた」

 高遠はそう言って椅子から立ち上がると、それまでBGMの代わりにしていたテレビの電源を消した。

「それはそうと――真琴。そろそろ部屋に行かないか? 明日も仕事だろう」

「あ、うん――」

 彼に促され、私も漸く立ち上がった。高遠の部屋で眠るのも随分久しぶりになる。

 その感覚に懐かしさを覚えつつ、一足先に自室へ向かう高遠の後を追いかけた。

 ・
 ・
 ・

 灯りを消してベッドに潜り込むなり、彼は私のパジャマの内側に手を差し入れて来た。

「――あ、明日仕事なんだから、早く寝ようってことじゃないのっ……?」

「真琴はもう寝たい?」

「………」

 平然と聞き返してくるものだから、私はすぐに返事が出来なかった。

 そりゃ――暫くご無沙汰だったワケだし。彼に触れたくないと言えば嘘になる。

 でも、私の方から積極的にアピールするのはどうかなとも思うし……言葉に詰まる。

「真琴が寝たいなら止めるけど。どうする?」

 あくまで私に委ねるという口調で、高遠が耳元で囁いた。

 この男は本当に性質が悪い。私の気持ちなんてお見通しの癖に、わざわざ言葉にして訊いてくるんだから。

 いつもいつもこの手に引っ掛かってしまうけど、今日は高遠の思い通りにさせるものか。

「……じゃあ、別にいいもん。寝る」

 小さな反発心の赴くまま、私はそう言った。勿論、彼の思惑にはまるのが面白くなかったから、だったんだけど。

「そうか、わかった」

 とか言いながら、高遠は思いのほか素直に手を引いてしまった。え、そんなにあっさりと?

 まさか。一つのベッドに寝るのなんて本当に暫くぶりだったんだから、こんなにさらりと受け流されるなんてことは――……。

 ……………。

 ………。

 そのまさかだった。隣の高遠は既にスヤスヤと寝息を立てている。

 嘘でしょ!? 久々に恋人と二人きりの夜を過ごすって言うのに、高遠は私が欲しくないんだろうか?

 ……何だか無性にムカムカしてきた。

「何で本当に寝ちゃうのよっ」

 私は恨みごとを言うように苛立ちを吐き出し、彼に背を向けて不貞寝――しようとした。

 すると、突然背後から抱きすくめられる。勿論、高遠に、だ。

「!」

「怒るなよ。冗談だ」

 くっくっ、と笑い交じりに言う高遠。もしかして、こうなることまで予測してたのだとしたら――とんでもないヤツだ。

「……バカ、もういいっ」

「だから怒るなって。真琴は相変わらず面白いな」

 高遠は背後から私のパジャマのボタンを一つ、二つ……と外していく。

「どうせ私は単純ですよ。アヤさんみたいに大人になりきれないもの」

「彩? 何で彩の話になるんだ?」

 高遠は肌蹴たパジャマの合わせから、そっと胸の膨らみに触れる。

 輪郭を確かめるように、彼のしなやかな指が、手のひらが、バストを持ち上げる。

「んっ……別に。アヤさんは感情のコントロールが出来る人だから。……大人でしょ」

 私の行動は読めても、考えていることまでは彼にも見えない。私がそう言うと、

「彩は結構、自由人だと思うけどな」

 と、あまり賛同は得られなかったようだ。

「大人だよ。確かにちょっと自由すぎるところはあるけど――あ、っ」

 乳房を弄っていた彼の指が不意にその頂へと触れ、私はつい甘い声を漏らした。

 それを面白がるように、徐々にその存在を主張する頂きを摘んで――指の腹で擦り合わせた。

「ん、ぁあっ……」

「真琴は変に彩の肩を持つんだな。今日だって、彩が引っ越して寂しい……だなんて言い出して」

「ぁ、だ、だって……今まで一緒に居るのが当たり前だったんだもの。それに、アヤさん存在感ある、しっ……」

「存在感、か。そうかもな」

「ひ、ぅんっ……」

 時には弱く。時には強く。絶妙な加減で刺激を与える彼の指は、右の乳房に飽きたら左、左に飽きたら右、と移動する。

 アヤさんが修学旅行の時に話してくれた『高遠に対する劣等感』は、くれぐれも本人に話さない様にと釘を刺された。

 アヤさんにとって高遠は愛する人であるのと同時、今でもライバルなのだろう。何だか複雑だ。

 高遠は私を仰向けにして、肌蹴たパジャマの上を取り去ると、まずは額にキスを落とし、頬、首筋……と口づけていく。

「ねぇ、今まで聞いたことなかったけど……」

「何?」

「アヤさんの、何処が好きだったの?」

 鎖骨に触れた唇の感触で、彼が少し動揺したのが窺えた。

「……今更だろう?」

「答えたくないならいいんだけど、ちょっと気になって」

 アヤさんは勿論素敵な女性だと思うけど、高遠はアヤさんも言ってた通り凄くモテた筈だ。

 それなのに、彼はずっとアヤさんだけを愛し続けた。沢山居る女性の中から、アヤさんだけを。

「……強いて言うなら、真っ直ぐなところ、かな。裏がないっていうか、感情をストレートに出すタイプだったから」

 少し考えてから、高遠はそう答えた。そして、鎖骨の窪みのところをちゅっと音を立てて吸い上げる。

「ふっ、ん――そ、そうなの」

「打算的な嘘も、可愛い嘘も、俺はあまり好きじゃない――だから、分かりやすい人間の方がいいんだよ。真琴みたいにな」

「……!!」

 褒められたようで、からかわれてるような気がするのは何でだろう。

 その言い方じゃ、私が単純バカみたいじゃない!

「ど、どーせっ……ん、んっ……!」

「……本当の事だろう?」

 胸の頂を舌で転がされ、反応する私を見上げて、高遠が笑う。

 私もアヤさんも、真っ直ぐというか直情的ではあると思う。

 でも……。

「そ、その割にはっ……対応が違うっていうか……」

「対応?」

「アヤさんに、は……ゃあっ……随分、尽くしてたみたいなこと……言って……んんっ……」

 私が話す間も彼は愛撫を止めない。途切れ途切れに、私は不満に感じていたことを告げた。

「……ああ、飲み会の時にアヤが言ってたことか」

「ふ、う……っ、そう……」

 胸からお腹、お臍へと舌が降りていく。そして、彼はパジャマの下を取り払い、ショーツに手を掛けた。

「だから、アヤさんの方が……その、大切にされてるなって……」

「………」

 高遠はショーツを膝まで降ろして、外気に晒された茂みにそっと指を添えた。

 そして、その指を――秘所に差し入れようとする。既に潤いを帯びていたそこは、難なく彼の指を受け入れた。

「あっ……!」

「……必死だったんだろう。嫌われないようにって」

 彼は膣内に滑り込ませた指をゆっくりとスライドさせる。指全体に愛液を纏わりつかせるように、中の感触を確かめながら。

「んっ、ふ、ああっ……それ、どういうっ……?」

「まだ高校生だったし、誰かと付き合うなんて初めてだったから、どうしていいか分からなかったんだよ。……頑張り過ぎてたってことだな」

「んっ……!」

 膣内の指が二本に増え、私はその圧迫感から思わず声を上げた。

 ほんの少し、彼と愛し合っていなかっただけで、身体は感覚を忘れかけている。

「彩の喜びそうなことはなんでもやりたかったんだ。それでも、俺は振られたんだけどな」

 中の指を開いて、壁を擦り上げる行為に、私は堪らずシーツを握った。

「じゃあ……わ、私は?」

 訊きたいような、訊きたくないような。そんな思いで口にする。

「私には……その、そういう意味で頑張りたいとかって……思わないの?」

 正直、尽くしたいと思われるアヤさんが羨ましい。だって、大事にされてる感じがするから。

 それに引き換え、私の扱いは適当すぎじゃなかろうか?

 高遠は指を引き抜いて、私の両足を抱え上げる。

「っ……」

「そう言われてみればそうだな。頑張りたいとかって、あんまり思ったことないかもしれない」

「なっ―――」

 それは失礼な話だ、と噴火しそうになったのを見越した高遠が、慌てて否定をする。

「ああ、悪い意味じゃなくて。……真琴と居る時が、一番自分で居られるっていうか」

「……」

「あまり神経を使い過ぎなくても、真琴となら……上手くやっていけそうな気がしたんだよ」

「……何それ」

 ポツリ、と呟くような声音になったのは、気恥かしさからだった。

 
『きっと……貴女だから怜は心を開いたんでしょうね』

 『貴女が想ってる以上に、怜は貴女のこと好きだから』


 ……アヤさんの言った通りなのだろうか。

 都合良く解釈していいとしたら――高遠は、それだけ私に心を開いてくれている? 愛してくれている?

 もしそうなのだとしたら、凄く嬉しい……ううん、最高に嬉しいのだけど。

「いい? 真琴……挿れるよ?」

「ん……」

 彼はすっかり準備の整ったソレを私の秘所に宛がうと、何度か腰を揺すって少しずつ侵入してくる。

「……っ、ああっ……!!」

「真琴……」

「く、ふぅん……っ」

 指とは比べ物にならない質量が、奥へ奥へと突き進む度に悲鳴のような声が洩れる。
 
 一度最奥まで達してしまえば、彼の愛撫によりとろとろと溢れ出た蜜のお陰で抽送はスムーズになった。

 久々の行為だからか、彼の律動は力強く、膣内の弱いところをガツン、ガツンと抉るように掻き分ける。

「だ、めっ……そ、んな、強く、したらっ……壊れちゃうっ……!」

「そう言う割には……凄く締め付けて来るんだけど?」

「だっ……て、そんっ……な、あああっ……」

「口でそう言っても、本当はこれ位されるのがいいんだろう。ほら、いっぱい濡れてきた」

「んんんっ……」

 太腿やシーツに滴る愛液の量をを指摘されると、恥ずかしさで口が利けなくなってしまう。

「しかし、真琴は貪欲だな。久しぶりだって言うのに――いや、久しぶりだからか」

 律動の合間合間に、彼は私の敏感な芽に手を伸ばし、きゅっと擦り上げる。

「ん、んっ――だ、だめ、やあっ!」

 それだけで、私の身体を電流のような激しい快感が駆け抜けていき、息をすることさえも忘れそうになる。

「おねが……お願いっ、怜――も、もうっ……イかせてっ……!」

「今日はおねだりが上手なんだな。分かった……達かせてやる」

 忘れかけていた感覚が蘇ったことで、箍の外れた私が堪らず彼の名を呼び懇願すると、高遠は感心、といった口調でそう言った。

 そして、刹那。彼の律動が速まる――。

「ぁああ、ああっ! んんっ……」

「く……真琴!」

「怜っ……ん、んっ……!! ぁあああっ……!」

 私が絶頂に達した瞬間、律動が止まる。彼もまた高みへと上りつめたようだった。

「真琴……」

「怜っ……」

 乱れた呼吸で互いの名を呼びながら、私達は唇を重ねた。

 最初は啄むような軽いキス。次第に、舌を絡めるような濃厚なものへと変わっていく。

「ん、ふっ―――」

 上になった彼が私を解放すると、私は足りない酸素を求め息を吸い込んだ。

「……ねぇ」

「……何?」

 行為直後のぼうっとした頭のまま、私は同じように息を弾ませている彼に呼びかけた。

「……あの。あのね。……貴方のこと」

「え?」

「……貴方のこと、普段も――その、『怜』って……名前で呼んでも、いい?」

 いつかアヤさんに言われたことを思い出していた。

 『貴女、普段から怜のこと『高遠』って呼んでるの?』

 『可愛くないと思うの。ちょっとよそよそしいでしょ? 怜もそう思ってるかもしれないし』


 付き合っている男性の名前を呼ぶのは恥ずかしい。それは今も変わらない。

 でも、何ていうか……高遠が本当に私に心を開いて、愛してくれているのだとしたら。

 私も彼の気持ちに応え、誠意を見せるべきだと、そう思った。

 人によってはそんなの些細なことだと思うかもしれない。

 ただ、私は今まで何となく誤魔化してきたことを克服することで、少しずつ精神的に成長していきたい。アヤさんみたいに。

「…………」

 高遠は、直ぐには何も言わなかった。

 電気を消しているから表情は殆ど窺えないけれど、少し驚いているのかもしれない。でも。

「構わないよ」

 そう答える声音は、いつもより優しいものだったように思う。

「ありがとう、怜」

 愛おしいその名を呼んで、私は怜ともう一度キスを交わした。