Scene.2-4
「――っ、や、だめぇっ……!!」
刺激に耐えるため縛られた両手首に力が入ってしまい、ネクタイの結わえ目がキチキチと小さく音を立てた。
でもおそらく、その僅かな音は高遠には届いていないだろう。
何故なら、私の下肢に埋め込まれた器械の振動音に掻き消されているからだ。
「だめ、なんて言いながら、しっかり腰が動いてるけど」
呆れたように笑う彼が、意地悪く指摘をする。
衣類を全て取り去られてしまった私の様子は手に取るように分かるらしい。
「ふ―――んんっ……やだ、言わないでっ……」
わざわざ口に出して報告しなくたっていいのに……!
彼の言うとおり器械のコードが飛び出た下半身は、はしたなく揺れてしまっている。
更に彼はそのコードを指で辿り、苛められすぎて熟れきった果実のように蕩けた私の身体の中心に触れる。
「は……ぁっ……」
「凄いな。そんなにいい?」
「だっ、て……ずっと……こんなっ……」
私の身体の中で震えているこの器械は、ローターというモノ。
親指くらいの大きさで、コードを経て強さが調節できるリモコンに辿り着く。
ラブホテルってあまり入ったことがなかったから、知識程度にしか知らなかったけど――こんな器械が部屋で販売してるなんて。
『今日は―――今日だけは、真琴をめちゃくちゃにしたい』
高遠がそう言ったものだから、彼がそうしたいなら……と思ったけど、流石は隠れドS。
普段良い子を演じてるだけあり、その反動からなのかやり方が性格悪いったら。
「ずっと?」
「だから……さっきからっ……」
この器械を身体に挿れられてからというもの、私は満たされない欲求を持て余している。
高遠のヤツ、執拗に快感を昂ぶらせたかと思えば、極まる直前になって急に器械の力を弱めたりして、なかなか落ち着かせてくれないのだ。
「ああ、達けなくて困ってるって?」
「ふ、ぁああっ……!」
彼は言いながら、振動を強めるように調節する。
器械に触れている粘膜が熱い――泣き出しそうなほど強い刺激に身を捩ってしまう。
全くこの男は……! 手加減っていうのを考えないんだから!
知っていたこととはいえ、改めてこういう目に遭うと憎たらしい。
非難の意味を込め、レンズ越しの高遠の瞳を睨み付けた。
「そういう真琴の顔、久しぶりだな」
対する高遠はというと、私の反応を見て面白がっているだけだった。
クールな笑みを浮かべて満足げな様子だから、こっちとしては憎さ百倍だ。
「う、るさいっ――ホント……腹立つんだからっ……」
「憎まれ口を叩く元気があるんだな」
不用意にそう口にすると、少し意外そうに言ってみせながら、更に振動の目盛りを動かして、強くする。
「ん―――っ……」
堪らず両脚に力が入ってしまうけど、それは器械と触れてる粘膜とを密着させてしまうだけのもので、
只でさえ理性を保っていられない状況である私自身の首を絞めることになった。
「や、も……ダメっ……!」
急速に訪れる絶頂感に、身を預けようとしたのだけど――。
「まだ早いだろう?」
「あ……」
高遠の計らいで、ピタリと器械の振動が止まる。
どうしたらいいのか分からない昂ぶりだけが身体に残り、私は困惑して高遠を見上げた。
「何?」
穏やかな表情の彼は、私が解放して欲しいことを理解してる癖に、そ知らぬ顔で訊ねてくる。
ずっとこんな調子で、いい加減、気が気じゃない!
「ね……分かるでしょ……? お願いっ――」
「いつも言ってるだろ? ちゃんと言わないと分からない、って」
「……意地悪っ……分かってる癖にっ……」
それでもこの身体をどうにかしてくれるのは彼しか居ない。
もう肉体的に限界が近づいていた私は、コードの先の器械を引き抜いて、高遠の首元に縋り付く。
「ん、くっ……」
ワイシャツの繊維に少し摩擦するだけでも、剥き出しの肌は敏感になっていた。
「こんなオモチャじゃなくて……貴方が欲しい―――お願い……」
気恥ずかしいに決まってるけど、もうこれ以上は耐えられない。
高遠はその言葉を聞くと、私の火照った身体を抱き起こしてくれる。
「こっちにおいで」
彼は私の背中に手を回し、抱えあげると鏡の壁の前に座らせた。
「な……に?」
鏡の向こうには、上気してとろんとした目の私がいた。
「此処なら、真琴の可愛い姿がよく見えるだろう?」
「え?」
その私の耳元で高遠が低く甘やかな声音で囁いた。
私は一瞬、何を言われているのかよく分からずに訊き返してしまったけど、それって……。
「まさかっ……」
そう口にする間、背後でスラックスのベルトを寛げるような金属音がした。
「そういうこと――」
「ぁ―――!!」
気が付くと両膝を抱えられ高遠の膝に乗せられた私は、そのまま熱く屹立した彼自身を受け入れていた。
あれ―――でも、この感触っ……?
「や、ぁ……付けてない、でしょ……!?」
そうなのだ。普段、いつ用意したの?という位、手際よく周到に身に着けていたソレの感触が無い。
高遠のヤツ、そういう部分は割りと気にする方だと思ってたのに!
「気が付いた?」
確信犯は悪びれもせずに訊き返してきた。この男……!
「あ、当たり前っ……」
気が付かない筈が無い―――だって、全然違うんだもん。
「あ……や、はあっ……んんっ、何、コレっ……」
そうするつもりが無くても、気持ちよすぎて勝手に声が出てしまう。
何、付けないとこんなに気持ち良かったっけ!?
貫かれる度に身体の芯を揺すられるような強い衝撃を受け、私の思考は停止しかけていたのだけど――。
「ほら、真琴。前見て」
「や、やあっ……」
高遠に促されるままに鏡を見遣ると、感覚が全てになりそうだった私の意識が、別の感覚によって引き戻された。
「よく見えるだろう?」
「う……」
それは他の何でもない、羞恥という感覚。
広い鏡には脚を抱えられた私と、それを背後から抱きすくめる高遠が繋がる部分を、余すことなく晒している。
恥ずかしさのあまり目を逸らしたけど、それを許す彼じゃない。
さっき散々痕を残した私の首筋に軽く歯を立てて、催促してくる。
「ちゃんと見て」
「だ、だって……」
まじまじと見れるほど自分が奔放だとは思ってない。
いや、私がそういうのが苦手だって知ってるからこそ、敢えてこういう風にさせているんだとは思うけど。
「そ、うやって……っ、また、意地悪……するんだから」
「真琴が素直に反応してくれるの、こういう時位だろ?」
「………」
何だかんだで、高遠の要求を断れないのが私だ。
恐る恐る、目の前の私達を見つめ――その淫らで恥ずかしい部分へ意識を注ぐ。照明が暗いのがせめてもの救いだ。
「やっぱり、恥ずかしい――」
「分かった? 真琴が、俺を咥えこんで放さないってこと」
「………!」
この男ときたら、どうしてそういうことを恥ずかしげもなく言えるんだろうか。それとも、私が過剰反応しすぎなの?
彼の言うとおり、私の秘所は彼自身を飲み込んで、抽送の度に放すまいと絡み付いているように見えた。
こんな場面、まさか自分の目に焼き付ける事になるとは思わなかったから、いたたまれず、逃げ出したい衝動に駆られる。
単純な私の行動の予測はついていたようで、高遠はがっしりと私の腰を掴んで動きを封じながら、
「――もう、いい?」
「ふ、あっ……」
毎回必ず装着するモノを使わなかったことが、高遠を昂ぶらせるのも速めたのだろう。
私は無我夢中で首を縦に振った。
両手と膝をシーツに付くような体勢になり、私の腰を支える高遠と、後ろから重なる。
「んっ、あ、ぁあっ――」
「っ………!」
体勢が変わると、粘膜同士が触れる場所も変わってくる。それがまた違う刺激を生んで、理性が飛びそうになる。
彼もきっと同じに違いない。駆け上がる快感からか律動は速まる一方で、正直、気持ち良すぎておかしくなってしまいそうだ。
「だ、めっ――気が……変に、なりそうっ……」
「変になれば?」
呼吸を乱れさせながらも、高遠がそんな軽口を叩いた。
「や、だめ……!怜っ……!」
行為の最中なら、私は彼の名前を呼ぶことが出来る。
それは、こういう時なら肉体的な快楽で羞恥心を忘れる事ができるから、というのもあるけれど、
『彼と身体を重ねている時』だからという免罪符で、自分の中の抵抗を薙ぎ払えるからという部分が大きい。
高遠も、こういう時には何かと呼ばせたがる。
それを知っていたから、先回りしてみたのだけど……。
「――今日は、呼ばなくていい」
「……え?それ……どういうっ……ぁ、ああっ、ぁん、だめ――っ!!」
そう言った彼は、最後の仕上げとばかりに最奥まで打ち付けてくる。
貪欲に何度も何度も―――強い力で、私を征服するように。
「真琴――……」
「ゃ、だめっ……壊れちゃ……あ、あぁあっ―――!」
思考は完全にストップし、ただ声を上げることしかできなくなっていた。
眩暈を覚えるくらいの強い絶頂感に耐えられず、私は背を撓らせて高みに導かれた。
それと同時――その背に熱い迸りを受けて、私の意識は薄れていった。
・
・
・
「――こと……真琴……」
肩を揺さぶられ、私は重たい瞼を上げた。
あれ……?私、一体どうしたんだっけ……?
ぼやける視界に映るのは、少し困った顔をした高遠だった。
「大丈夫か?」
「ん……」
まだハッキリしない頭で頷く私の、頬や口元に掛かった髪を優しく除けてくれながら、ホッとした声音で、
「よかった」
と言った。そっか、私、あのまま少し気を失ってしまったんだ。
「ごめん、無理させすぎた」
高遠はそう謝りながら私を抱き起こし、優しく背中を撫でてくれる。
―――いつもの高遠だ。
「ううん、私は大丈夫」
よくわからないけど、平素の彼に戻ってくれれば私も安心できる。
身体も特に辛いとか、そういうことは無いし……。
「……真琴」
「何?」
高遠は私の背を撫ぜながら、急に真面目ぶった声音で呼びかけた。そして。
「俺のことが好き?」
突然、そんなことを訊ねられる。
何を今更……と思った。じゃなきゃ自分をレイプしかけたような人間と付き合ったりするものか。
高遠はもともと、こういう恋人同士にありがちな甘い遣り取りを好まないタイプだ。
恥ずかしがり屋の私も似たり寄ったりだから、お互いそういう応酬には関心がない筈。
それよりも、何よりも――真剣を通り越して、不安げでさえある彼の表情が引っかかる。
どうして今日に限ってそんなこと……。
「……当たり前のこと聞かないで。じゃなきゃ、貴方みたいに表裏の激しい人、彼氏になんてしないもの」
照れも有り、顔を背けてわざとぶっきらぼうに答えて見せると、
「―――有難う」
なんて、珍しく嬉しそうに破顔して私の頬に口付ける。
「……別にっ」
ストレートに喜ばれると気恥ずかしくて、返事に困るじゃない。
……何か、調子狂うなぁ。一体どういうつもりで訊いたというのか。
高遠の考えていることが分からない。
好きだからこそ、そういう反応をされると気になるんだってこと、この男は分かっているんだろうか。
彼の不可解な態度の理由が判明するのは、まだ先のことだった。
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