Scene1 受験生はご機嫌斜め



「それじゃ先月の模試の結果を返しますね。名前を呼ばれたら取りに来てください。赤坂君……」

 担任教師の高い声が教室に響くと、続いて生徒の悲鳴とも歓声とも思える叫びが聞こえてくる。
 煩いなぁ、模試の1回や2回でそう騒ぐなっての。
 本番じゃないんだし、問題との相性もあるんだからさ。

「紺野さん」

 自分の名前を呼ばれて、月島先生の所へと結果を取りに行く。
 ……まぁ、こんなもんだよね。

「紺野、どーだったよ?」

 席に戻って程なく、土屋が悪戯っぽい笑みを含んだ表情で訊いてくる。
 土屋礼司(つちや れいじ)。中学からのクサレエン。
 両耳合わせて5つあるピアスホールと金色に近い茶髪のせいでヤバく見られることもあるけど、結構根は真面目だっていうのはあんまり知られてない。

「どーって、別に」
「別にってことはないだろ。ちょい見せてみ」

 土屋はそう言うと、私の持っていた結果の紙をひょいっと持ち上げた。
 勝手だなぁと思ったけれど、特に気にすることもなくヤツのしたいようにさせる。

「………ってかお前」
「何よ。あまりに悪くて吃驚した?」

 結果を見た土屋がコメントに困っているのが可笑しくて、そう訊いてみる。
 そりゃ困るだろうね。希望大学、全部E判定だもん。

「お前なぁ、こういうのは隠せよ」
「どうして?」
「こんな結果見せらンないだろ」
「悪いのは当たり前。真面目に受けてないもん」
「はァ?」

 土屋が眉を顰める。

「だから真面目に受けてないんだって。寝たり途中で帰ったりで」

 表情ひとつ変えずそう言うと、土屋は呆れたというように溜息をついてみせる。

「お前さ、自分の立場わかってる?」

 やれやれ、と思った。どうせその後の台詞なんて限られてるんだから予想つく。
 大体、そんなことは土屋に言われなくたってわかってるんだから。
 私はわざと大きく手をあげて明るく振舞う。

「はいはーい、高3の受験生!ついでに言うと、もう直ぐ大事な夏休みを迎えるトコロ」
「正解!よくできました――って、オイ」

 土屋が気持ちよくノリ突っ込みを入れたところで、ふと真顔に戻る。

「わかってンなら、ちゃんとやれよ。」
「もー、これだから進学校ってめんどくさい。マジメなんだから」
「めんどくさいはないだろー、お前もその進学校に通ってンだし」
「………」

 何気ない土屋の一言が、棘みたいにちくんと胸に刺さる。
 返答に困った所で土屋の名前が呼ばれ、ヤツは席から離れていった。
 ……何よ偉そうに。どうでもいい。
 他人の心配より自分の心配すればいいのに。
 自分こそ無謀な所を第一希望にしてるクセにさ。
 私はふと、クーラーを効かせるため締め切った窓を見遣る。
 そして微かに聞こえる、外のうだるような暑さを助長するような音色に耳を傾けた。
 蝉は毎年飽きもせずによく鳴くなぁと思う。
 ていうか何のために鳴いてるんだろう。
 鳴くのは仕事?そんなのが仕事になるなら私もやってみたい。
 人間じゃなくて、受験生じゃなくて、蝉になりたい。

「皆さん、その結果を踏まえて自分の進路をしっかりと決めてくださいね」

 クラスメート全員に結果が行き渡ったらしく、先生がか細い声でお決まりの台詞を言った。
 先生、私、大学なんて行かなくていいから、蝉になりたいです。
 そんな馬鹿馬鹿しいことを口に出来るはずもなく、それから直ぐにホームルームの終了を知らせるチャイムが響いた。