Scene6 消えない影



「本当に、良いの?」
「うん。……レイジが嫌じゃなければ」
「嫌ってコトはないよ。アイちゃんのコトは好きだし」

 ダークレッドのベッドの上。
 私とレイジは一糸纏わぬ姿で身体を寄せ合っていた。
 誰かとこんな風に抱き合うのは初めてだった。
 もう18にもなるんだから、どんな風にするのかくらいの知識はあるつもりだけど、
 土屋のことを目で追うので精一杯で、他のヒトと付き合うなんて考えた事もなくて……経験としては、ゼロだ。
 対する彼は経験豊富らしく、私の制服を剥ぎ取る仕草は結構慣れたもの、といった感じだった。

 私が『抱いて欲しい』と言い出したとき、レイジは首を横に振った。
 『アイちゃんとそういう関係を持ちたかったワケじゃないから』って。
 確かに、最初の約束でレイジは私と関係は持たないと言い切っていた。
 でも、私は退かなかった。
 流石に理由までは言わなかったけど、それが私のためになるのだからと、強引に彼を押し切ったのだ。

「ん……」

 初めてのキスは、煙草とコーヒーの苦い味がした。
 そこから首筋を伝い鎖骨に落ちる口付けも、紅潮した頬に触れる指も、優しく胸の膨らみを覆う掌も。
 全てが初めてで、甘やかで、触れられたトコから蕩けてしまいそうだった。

「初めてが俺なんて、ゴメンね」

 彼が悪いわけじゃないのに、レイジはすまなそうにそう言う。
 そして、私の大腿を割り開く。やだ、この格好、凄く恥ずかしいんですけど。
 私が羞恥に瞳を潤ませると、彼は大丈夫と笑いながら脚の付け根に舌を這わせた。

「ひゃ……!」

 驚きに何とも色気の無い声が上がる。
 レイジも同じ感想を持ったらしく、

「気持ちよくない?」

 と、苦笑しながら段々と秘められた部分を掠めるように舌を伸ばしてくる。
 きっ、気持ちよくない?って……そんなの、わかんな――

「あ…っ…」

 何だろう、今の。下半身がびくってなる感じ。
 粘膜の部分とか、その奥の……その、突起みたいな場所を舐められると。
 なんか、凄い、吃驚するっていうか、くすぐったいっていうか……。
 気持ちいいって、こういう感じなのかもしれない。

「この辺がいい?」
「ふぁ、っま、待って…そんな…あ」

 私の反応に手ごたえを感じたらしいレイジは舌を押し付けるみたいにして、私の下肢に顔を埋める。
 その恥ずかしさが与えられる刺激を強めているような気がする。
 顔から火が出るくらいに、頬が熱い。
 それに、身体の中心へと迫り上がる切ない感覚。
 自分自身を把握できなくなりそうな不安に、私は戸惑いを覚えていた。

「レー…ジ」
「何?」
「一回……やめてっ」
「どうして?」
「よく解かんな、いけど……カラダが……」
「やーだ、止めない。構わないって言ったでしょ」

 表情が見えない替わりに、レイジの楽しそうな声が聞こえる。
 た、確かにっ。言ったけどさぁ。
 男のヒトに触られんのなんて初めてだしっ、もう少しゆっくりしてくれたっていいじゃん。
 こっちだって、心の準備っていうか、覚悟って言うかさ………

「ゃあ……ん!」
「可愛い。もう充分濡れてる」

 言いながらレイジの指が、赤い真珠をつんとつつく。
 意地悪、そんなの解かってるよ。身体の真ん中がスースーするのはクーラーに晒されてるからだけじゃない。
 レイジに開かれた両脚は、力を入れても閉じられないように固定されてるみたい。
 いい加減にこの体勢止めてよ、もう。

「も、いいよ!」
「良くないよ。初めてでしょ、きっと痛いよ?」
「へっ、ヘーキ!恥ずかしいより痛い方がいいもん」

 嘘は言ってない。本当は、恥ずかしくもなく痛くもないのが一番いいんだけど、そんなのムシが良すぎるだろう。
 ―――早くレイジに抱かれてしまいたい。
 土屋が支配する私の中を、レイジで満たしてもらいたい。
 私の目的はそれだけなんだから。

「……そ?アイ姫がそう言うなら、俺は別に」
「ん……お願い、レイジ」

 蛍光灯の光を遮るように、レイジが私に覆い被さった。
 垂れた赤茶の髪がほんの少し私の頬を掠める。
 真っ黒で面白みのない私のそれに比べるとキレイだなぁ、と頭の片隅で思った。

「アイちゃん……」
「ん……っ」

 レイジが、私の閉ざされた入り口を抉じ開け、中へと入ってくる。
 これでいい。こうやって、満たされればいい。
 自分でアイツへの思いを断ち切れないのなら、こうするしかないんだ。
 こうするしか――……

「いっ……」
「痛い?」
「う、ううん。続けて」

 途中の膜を突き破り、一度奥まで達した彼が、再び身体の外へと引き抜かれる。
 いっそ痛みで気がふれてしまえば良いと思った。
 痛いのは、身体だけじゃない。

「ごめん、平気?」
「ん……」

 心配げな声を掛けられながら、ゆっくりと抽送が始まる。
 平気な筈はない。何故だか心が張り裂けそうだ。
 きつく眉根を寄せた目元から、こめかみへと伝うものが一滴。
 どうして。どうして悲しくなってくるの。

「んっ……はっ……」

 辛そうな声を上げ、彼の下で揺れる私。
 少しでもその苦痛を和らげようと、レイジが唇を塞いでくる。
 息つく暇も無く舌を掬われ、きつく吸われると。
 脳のずっとずっと奥が痺れるような気持ち。
 頭に靄がかかったみたいに、ぼうっとする。

「可愛い、アイちゃん……」
『可愛い、紺野……』

 変なの。
 アイツを忘れようとしているのに、レイジが、礼司に……土屋に重なる。
 土屋も、こんな風に誰かを抱いたりしたことがあるのかな。
 次第に腰の動きが大きくなって、私の息遣いも荒くなる。
 頭の中には何故か痛みも羞恥もなくて。
 ただ、土屋が居た。

「イイよ…アイちゃん…」
『イイよ…紺野…』

 レイジの言葉の筈なのに、私の耳には土屋が囁いているように聞こえた。
 熱い吐息も、切なげに掠れる声音も、全てアイツのもののような気がして。
 違う。この人は土屋礼司じゃない。レイジなのに。

「れ…いじっ……!れいじ……」

 レイジの背中に腕を回しながら、無意識のうちに私は名前を呼んでいた。
 その艶かしい声が耳に入ってきた瞬間、解けなかった問題の答えが急に閃いた時にも似た感覚が、ぼやけた思考に走った。
 ――――最低だ、私。
 忘れるなんてただの口実じゃないか。私はただ抱いて欲しかっただけなんだ。
 気持ちの通じなかったアイツに。

「アイちゃん……」

 私の上に居る彼がそう私を呼び返す。
 当然の如く、私には解かっていた。
 呼んだのはレイジではなく、礼司だということ。
 それから直ぐにレイジがもう一度私の名を呼んで、果てた。